電子書籍で見つからなかった横山作品のタイトルをamazonで見つけてしまうと注文するしかないではないですか。
しかも本書の紹介文の冒頭が
武芸も役目もそっちのけ、本当の元禄武士は酒と艶の浮世三昧だった…!?
とは昨日「横山光輝は武将を選択し名もなき人を選ばない王道の作家」的なことを書いたのが翌日覆されでしまいます。
いやいやそれだけでなく酒はいいとしても艶の方はそれこそ横山マンガではほぼ忌避されてきた事柄でそれを描いているとなれば気になってしまいます。
というわけでいってみましょうか。
ネタバレしますのでご注意を。
まずは本当にまじで
武芸も役目もそっちのけ、本当の元禄武士は酒と艶の浮世三昧だった
でした。
主人公であり本作・日記の筆者の朝日文左衛門重章は徳川御三家の一つ、尾張徳川家の家中で御畳奉行の家の跡取りとして生まれる。知行百石・薬量四十俵。
父・定右衛門は御城代組同心百石で現代で言えば主任か係長クラスと書かれていますからかなり裕福な家であったのでしょう。
なにしろ「元禄」と言えば江戸文化華やかなりし頃、とよく歴史を知らない者でも覚えている時代です。その頃にそんな裕福な家に生まれ育ったお坊ちゃま武士がどんな派手な生活を送っていたのか、と想像してしまいます。
しかしなんというのでありましょうか。これがしょぼい、というのか普通というのか現代のよくいるサラリーマンの悪事程度でなんだか近所の話を読んでいるようです。
文左衛門の日記は彼が十八歳の時から始まります。
武家の長男でありながら武芸も嗜まずゴロゴロしているのを父に咎められ「近いうち・・・明日から始めます」と約束し翌日から道場の門を叩くのですが「武芸は初めて」という文左衛門に師範もあきれ顔。(いやほんとにあきれるよ。今までなにしていたのだろうか)腕前を見たいと言われ稽古用の槍で突きを見せるがはらわれた衝撃で倒れてしまう。もう一度と試したら壁にあたってひっくり返る。
(ううう。これが激烈な関羽張飛の戦いを描いた横山光輝が描いたキャラとは)
しかし文左衛門の偉いところはこれですっかりやめるどころか弓矢も柔術もと頑張ることろです。そしてそれを日記に書いたのです。(もしや書くために頑張ったのでしょうか。それもまた良しですね)
その後文左衛門は漢詩を褒められ漢詩の勉強も始めます。このあたりは裕福だからこそできることですね。親としては今までゴロゴロしていた息子が文武両道学びだしたのですから嬉しい限りでしょう。
次は浄瑠璃。友人に誘われて浄瑠璃鑑賞に行った文左衛門はこれにも夢中になります。とにかく好奇心が旺盛なのですな。
さらに「果たし合い」や「心中」
心中に夢中になる、というのは変ですがこれも現代でも殺人事件や自殺の報道などを聞いてはあれこれと考察するのが皆の楽しみの一つではあるでしょう。
文左衛門はこれらの様子も詳細に日記に書き留めているのでした。
次は賭け事、と言っても仲間内でサイコロを振っての賭け事であのヤクザがやってる「チョウかハンか」という凄みのあるものではないのんびりした感じなのだが負けが込んでくさくさした文左衛門は母上相手に宝引という単純な当たり紐を引く賭け事を持ちかけ大勝ちして喜ぶという他愛ない遊びをしている。ほんとうにあまりにものんびりした文左衛門であります。
さておっとりした文左衛門ですがおっとりしすぎで芝居に夢中になっている間に腰に差していたはずの刀を盗まれるという武士にとってとんでもない事態になってしまいます。(いったいどんくらい夢中になってんだか)
こんな情けない文左衛門も弓の道場でいつも応援してくれる〝けい”という女性と昵懇になり結婚の運びになります。文左衛門は連日の酒宴とあいさつに疲れ果ててしまいますがそんな時も日記は欠かさずつけているのですがなぜか嫁のけいについては一行も書かず延々とご馳走の品を記しているそうです。
そんな文左衛門、とにかく「心中事件」が大好きで新妻との床入り中であっても「心中事件だ」の声を聞くと飛び出していくのでした。
女性の方はまだ息があるのだがそれにはまったく介さずふたりの名前と年齢どういう経緯だったのかを周囲に集まった者たちに念入りに聞いていく。まさにルポライターというか三文記者といった類か。
しかし文左衛門はこの心中事件にいたく感動し息があった女性が医者の薬も拒否して死んでいった様子を「あわれ」と感じふたりの遺書辞世の句まであげて熱っぽく筆を走らせているのだそう。
まだまだ途中でもう少し書きたいエピソードもあるのですが今日はここまでにしておきます。
正直言ってしょうもない文左衛門ではありますが横山氏が描くとなかなか愛嬌のある憎めないお武家様といった風情になってしまうのです。
ここまで他人の情事はいろいろあれど本人の色事は結婚話だけなのでよけいにそう思えてしまいます。
これも横山氏の選択ゆえかそれとも原本もその位なのでしょうか。
現代ならばXやらフェイスブックやらであれこれ情報を飛ばしまくるインフルエンサーになっているかもしれません。
ともあれこの表紙絵の文左衛門の描写に読まずにはおれませんでしたし読み始めると止まらなくなってしまいました。
横山マンガとしても貴重な一作だと思います。
昨日までの『バビル2世』『101』との違いよ、ああ。