ガエル記

散策

『マーズ』横山光輝 

昨日はあらすじを追った時点で力尽きてしまったので感想を少しは書いてみたい。

 

 

ネタバレしますのでご注意を。

 

 

リアルタイムで読んでいたならすぐに重ね合わせたのであろうけど『マーズ』は横山光輝版の『幼年期の終り』だったしあの頃、というか『幼年期の終り』以降のSFはそれをなくしては描けないに決まっている。

 

そして『幼年期の終り』が最初から非常に精神的な物語だったのに反抗するかのように横山『幼年期』は人類がそのような高みに行けるわけがないと叩きつけているようだ。

 

横山氏のプロフィールを見れば小学生までを戦時中に過ごしている。子供時代を戦争の中で過ごし疎開することを強いられた「幼年期」を送った人にとって戦争をしない人類というのは想像しがたいのかもしれない。

 

横山マンガは常に戦いを描き続けてきた。有名な『鉄人28号』は戦時中に日本軍が開発したロボットという設定でそれを幼い少年正太郎が操って強敵と戦う。

伊賀の影丸』『バビル2世』『三国志』そして様々な戦国時代作品、晩年期の『殷周伝説』『史記』に至るまで戦争というものを真正面から描き続けた人だ。かといって戦争が好きなわけじゃないのは読んでいれば誰もがわかるはずだ。平和になって欲しい。しかし人類は決して戦争をやめることはしない。戦争をしない地球人は横山氏には描けなかったんだろう。そして氏が亡くなった今でもやはり戦争が地球の各地で起きている。それ見たことかと言われそうだ。

 

『マーズ』でも遠い過去に宇宙人によって地球人に対しての「武器戦争リミッター」が仕掛けられる。

七つの無性生殖人間と彼らが操る神体が地球各地にセットされたのだ。

どういう仕掛けになっているのかわからないが六神体は先に目覚め最後、計算予測では百年後に最後のマーズが目覚めタイタンが動き出して地球人を探査しそれに感応してガイアーが発動して地球を滅亡させる、という仕組みになっていた。

クラークのそれと大きく違うのは『幼年期の終り』では地球人が(やはり)反抗して攻撃しても宇宙人「オーバーロード」はにっこり微笑むかのような余裕でなんらかの罰を与えたりはせず見守っていくだけなのだが六神体は容赦なく地球人たちに厳しい体罰を与えるというところだ。

三者として観ればここでぐっとこらえて攻撃をしなければ六神体はなにもしなかったに違いないのだ。

リミッターは「地球人の好戦的態度」にかけられているのだから。

しかし地球人はあっけなくすばやく攻撃を始めていく。

 

作品の冒頭に戻ろう。

海底火山の噴火で出現した秋の島新島の火口に立つマーズ。

すぐに救助され医師の家に同居することになった、ところまではまずまずよかった。

医師一家は優しく特に娘の春美の挨拶の言葉にマーズは初めて言葉を口にする。これは他の好奇心むき出しの人々とは違う春美の純粋な好意にマーズが反応した、と見ていいだろう。

普通なら、というか他の作家ならこの春美とマーズの心を寄り添わせマーズに「春美のような存在がある限り地球滅亡はさせない」という方向に進ませるはずなのだ。

マーズたちを「無性生殖人間」と設定したのはここで春美に情愛を持たせないためだったのか。しかし人間は生殖のためだけに行動するわけではない、と思ってしまうのは横山氏とは異なる世代だからなのか。

それでもマーズが春美に友情を持ち攻撃をしない、という方向性も考えられるはずなのに横山氏は早々に春美の存在を放棄してしまう。

その後まったくマーズは春美を思い出さないのだ。

しつこいが他の作家なら後々にでも春美を再登場させ「私のためにこの地球を守って」と言わせると思うのだが。マーズに情愛がなくとも合理的に考えてくれるのではないか。

 

というか最初にマーズに心を寄せたのは岩倉記者だ。彼はマーズの意義を知って地球を滅亡しようというのか、と憤るどころか彼の力を借りて地球を守りたいと命懸けで謎を探求する。そしてそのために死んでしまう。

彼の死を聞いてもマーズの心が悲しみという反応ではないのは仕方ない。

しかし岩倉記者の死によってまたマーズが地球人を救いたいという条件が失われてしまう。

 

これを仕方ないと思うのか。それともなぜこういう進行になってしまうのか、と歯ぎしりすべきか。

次にマーズと近しくなる司令官は彼ら二人と比べるとまったく親密さは無い上に彼もまた途中で死亡する。

これでマーズはすっかり地球人の「友」はいなくなってしまった。

地球滅亡は来るべくして来てしまったのだ。

 

『バビル2世』の時にも今求められている仲間のわちゃわちゃが足りない。むしろヨミ側がわちゃわちゃしている、と書いたのだが『マーズ』に至っては六神体側にもマーズ側にもまったくない。

世界はわちゃわちゃが救うのだ。

つまり仲良くしなければ地球は滅亡する、と横山光輝御大は描いたのだ。

 

仲良くわちゃわちゃしていれば六神体もマーズも戦わずに地球人と共に暮らす、という結末になるのも無理ではなかった。

しかし地球人は戦いをやめられず結局地球は消滅したのである。

 

仕方ないね。

 

今起きている戦争だってやめなければどうなっていくかわからない。

結局地球人はクラーク『幼年期の終り』を迎えられず横山『マーズ』の道を辿るのかもしれない。