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BS1スペシャル「戦争花嫁たちのアメリカ」と『ゼロの焦点』

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本当に何も知らないまま生きていてこの年齢になって初めて知る、ということばかりなのですが最近になって読んだのが松本清張の本『ゼロの焦点』でした。

 

(以下『ゼロの焦点』のネタバレになりますのでご留意ください)

 

 

その中に「戦後、日本の女性は初めて男性に大切にされるということを知ったのだ。米軍兵士によって」という意味の文章があってはっとしました。

結構本好きで読んできたつもりでしたがそういう文章を読んだことがなかった気がします。もしくは読んでいたのに頭に入らなかっただけかもしれません。

外国の翻訳小説のほうを多く読んでいたせいもあるでしょうけど私が日本の小説や本で今まで読んできたものでは「日本が戦争に負けると米軍兵士にぶら下がるような女もいた」というような侮蔑の表現が多かったように思えます。これも私が男性作家の文章を読むことが多かったのもあるのでしょう。戦後のそういった女性たちを男性作家が快く思うことはなかったのはまあ必然かもしれません。

 

その中で松本清張という文筆家は平易な目線で或いは別の角度で物事を見て考えることができる希少な存在だったのですね。私はまったく彼の本を読んでいなかったことを悔やみました。これほど後悔したことはない気もします。

最近になってやっと松本清張著『ゼロの焦点』を読んで私は今まで思いもしなかった衝撃を受けてしまいました。

 

この小説は昭和33年(解説によると32年)掲載のものなので松本氏はその時にこの感慨を書いているわけですが、この本を読んでいなかった私の記憶には世間によくある「戦後女は強くなったからなあ」という、ある意味女性の成長を嘲笑する表現しか残っていなかったのです。

女性の社会進出も大きく取り上げられた「ウーマンリブ」という女性たちの活動も田舎に住む子供だった私には男性たちの目と脳を通した感想の「気の強い女は怖いねえ、嫌だ嫌だ」という言葉のほうが先に入ってきて私は随分歪んだ意識のまま長くいたように思えます。

 

ゼロの焦点』で驚きを受けたのは小説の最後辺りで「終戦直後の婦人の思い出」というテレビ番組の座談会で語られる部分です。小説の登場人物がテレビをつけると司会者の男性と評論家の婦人、小説家の婦人が終戦後13年が経った時期に当時を振り返って話しあうという番組が映りました。

 

「戦後、アメリカ軍隊が来る、ということで婦人たちは戦々恐々としていました。局地的には相当のトラブルもあったようだがだいたいにおいて無事であったようです。それに、アメリカ兵が紳士的、というよりも非常に女の人に親切だということが当時の婦人にはちょっとした驚きではなかったでしょうか」

これを受けて女流小説家が(女流小説家という書き方は時代的ですね)「それが当時の女の人に、逆にある自信をつけたと思うんです。それまでは、日本の男性は非常に横暴で勝手なことをしていた」と続けます。そして「ところがアメリカの兵隊を見て、女の人たちの男性対する見方が変わってきたんですね。いわばそれまで男性の前に卑屈だった女性が急に自信を取り戻した、とは言えないでしょうか」

 

この後も司会者男性も交えて敗戦によって日本男性は自信喪失した代わりに日本女性は占領軍の全面に押し出て勇ましく太刀打ちしたこと、モンペを脱いでアメリカ的な華やかな原色を身に着けたことで心理的に活発になったということ、が語られます。

そして親切なアメリカ兵が女性たちの憧憬であったこと、今まで威張っていた日本の男性がだらしなく無気力になっていたのでその反発で女性たちはアメリカの兵士たちに近づき感化を受けていったと語られます。

ここから先が私は認識していなかったことなのですが、

「のちに職業化した売春婦は別として、その頃はそうした女の中に良家の子女が多かったこともうなづけます」

という部分なのです。

映画やドラマなどでもアメリカ兵士と歩いている女性は「売春婦」だという設定が多い、と私は記憶しますが(売春婦の存在価値の問題はすみません、ここでは置いといて)実際は「良家の子女が多かった」ということなのですね。

その後会話は「良家の子女がアメリカ兵オンリーになり、そうした女性たちは戦後10数年経って、案外普通の主婦におさまっているかもしれませんね」と続くのです。

 

これがミステリー『ゼロの焦点』にかかわってくる話なのですが、松本氏のこの戦後女性の描写は私に驚きでした。

 

知っているべきでしたが、松本清張以外にこうした描写をしている作品はほとんどないのではないのでしょうか。

米兵にくっついているのは売春婦、というありきたりの描写ばかりがある中でこうした記録はあるべきだと思います。

 

そして今回観た『戦争花嫁たちのアメリカ」はまさしく『ゼロの焦点』をドキュメンタリーで裏付けてくれるものでありました。

確かに彼女たちは『ゼロの焦点』で描かれた良家の子女であり、アメリカ兵の紳士的優しさにほだされ結婚を決意していく、という証言になりました。

無論敗戦後に敵兵と結婚することは周囲の冷たい視線、侮蔑そして渡米した場所でも人種差別と闘うことと同義です。

特に黒人兵士との結婚を決意した女性の苦労苦悩はただならぬものだったでしょう、としか言えません。アメリカで子供ももうけた日本女性が白人男性から「綺麗だね、どこの生まれなの?」と聞かれ「ママ」と黒人ハーフの娘が声をかけたら「きみは黒人と結婚したのか」と罵って去っていったという話は人種差別の過酷さを物語ります。

娘さんが「どんな時もママは私たちを隠そうとはしなかった」と誇り高く答えているのが胸を打ちました。

 

 もちろんすべての戦争花嫁が上手くいったということはないでしょう。良家の子女が道を誤って転落したこともあるでしょう、けど戦後日本の女性たちが新たな道を見つけたことは確かなのです。

 

松本清張氏の深く物事を見つめ判断できる思考力はとんでもないものだったのだと思えます。

そしてこの「戦争花嫁たちのアメリカ」を観てアメリカ男性と恋をし未知の世界へ飛び込んでいった当時の日本女性たちの強さたくましさ誇り高さに見入りました。

やはり教養があって且つ美貌な方が多いのは当然でしょうなあ、と言わざるを得ません。

90歳前後でこの美しさと頑丈さ、凄いです。そしてハーフの子供たちとその子供たちの魅力も感じました。

日本とアメリカとそのほかの国々の血を引く人も多いのですね。

白人兵士よりも黒人兵士と結婚した女性により多く着目していることも良番組だと思います。

長い間、何も知らずにいたことをこの年齢になって知ることもまた素晴らしいことだと思います。