ガエル記

散策

『女王陛下のお気に入り』ヨルゴス・ランティモス

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見るもおぞましい宮廷映画、と言うべきなのでしょうか。

豪華絢爛な衣装、奇怪なかつらや化粧に彩られた貴族という名前の醜悪な生物たちの物語でした。

 

さまざまに従来の貴族物語、宮廷絵巻という特に女性にとって憧れの世界がこうまでグロテスクに描かれたことがあるのでしょうか。

いったいアビゲイルはなにを目的に上り詰めていこうとしているのですか。

 

これまでのほとんどの作品は「男性」によって「男性」を主体に「男性」のために作られてきました。

この映画も実際は男性映画監督によって製作されているわけですから女性によって作られた、とは言えませんが、この醜悪さはこれまでに男性が女性に求めていたものではないことだけは確かです。

 

歴史もの、と言えば男が雄々しく戦い女性がそれへの褒美として与えられるという図式が当然でした。頭脳戦であれ、肉体の攻防であれ戦うのは男性でした。

権力争いというのは男性に使われる言葉でした。

この映画では女性たちが戦い、男性は気持ち悪いとしか言いようのないいでたちで口をはさんだりおぞましいことをやっていたりひとりとして颯爽とした英雄などいないのでした。

 

これまで作られてきた「悪の女王」というような単純な存在ではないのが本作のアン女王の造形でした。

17回も妊娠したのにそのすべての子供を流産死産や夭折で失い今はうさぎたちを子供と呼んで愛しているアン女王。酒で肥満し痛風で苦しみながら政治や戦争と取り組む姿は男王と変わりはしない。

元貴族でありながらその地位を失って下働きをするしかないアビゲイルはアン女王の幼馴染であるサラに見いだされ着々と地位を上昇させていくが結局彼女は女王の痛む足を揉むことが仕事なのでした。

 

女の戦いというと男をどうやってものにするか、それによって位が上がっていく、よってそういう男女のエロシーンが売り物になる、的なものはここにはない。

女たちだけの戦いのドラマ。

 

こうした女性を主体とした映画はまだまだこれから作られていくのだと思います。

残念なのは映画監督がそれでも男性が多い、ということです。

女性が作ればすべて女性的に良くなるわけでもないのはわかっていますから、とにかく分母が増えるしかないんです。

すぐ欲張ってこういうことばかり願ってしまいますが女性主体映画はまだ始まったばかりです。

少しずつ増えていってほしいものです。