ガエル記

散策

『春の雪』行定勲

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日本製の「恋愛映画」を観ると(恋愛映画と称されているものを観ることが少ないのではありますが)いつもそこに恋愛がないように思えるのはどうしてなのでしょうか。いまだによくわからないのです。

 

その中でも本作『春の雪』にはまったく恋愛など存在していなかったと私は思います。

 

ネタバレしますのでご注意を。

 

 

 

例えば昨日観た『危険なメソッド』もかなり奇妙な恋愛ではありますがそれでも主人公ユングのザビーネへの思いは「彼女でなければ満足できなくなってしまった、自分ではどうしようもない欲情」を感じてそれは確かに恋愛だと思えるのですがこの作品の中にそうした相手へのどうしようもない恋情などがあるのだろうか、と見えてしまうのです。

 

昨日の映画も「ユングフロイトとザビーネ」という三角関係が心理学というものを媒体として極めてエロチックに表現されていくのですが、本作の主人公「清様」とヒロイン「さとこ」そして清様の親友・本多との三角関係にはそうしたエロチシズムが微塵もないのです。ご丁寧に最初に本多がさとこを好きになる、という構成にしてあえて三角関係を作ったにも関わらず三人の情念が絡まりあう、という描写になっていかない、そう感じられないのです。

どうして日本人監督と日本人俳優の手にかかるとこうまでエロチックでなくなるのか、私にはすべてが不思議でなりません。

 

もともと三島由紀夫という作家は男女の恋愛を描ける人ではないように思えます。

それは私が読んだわずかの彼の小説と彼自身のエピソードなどから推察したものでしかありませんが。

それともはじめから三島由紀夫はこの物語を「日本人には男女の恋愛などない」という視点で綴っていったのかもしれません。そうであるのならわかりますが、それでは映画としての表現が間違っているようにも思えてきます。

 

冒頭で清様はさとこになんの恋愛感情もない、と言って本多と彼女の仲を取り持ったりしています。

ところがさとこの言動から彼女が清様を好きなのだと察した本多は今度は親友とさとこの仲を結び付けようと助けます。

三島はあきらかに清様と本多に同性愛的な感情を匂わせようとしていますし映画自体も何度となくそうしたイメージを表すのですが監督自身がそうでないのか俳優たちに技量がないのかエロチシズムがないのです。ユングフロイトにはめちゃくちゃあったのですが。

 

清様のさとこへの感情というのはなんなのでしょう。

なんとも思っていない、というセリフは本心だったのではないでしょうか。彼女が美しい貴族の令嬢でしかない時は無関心だったのに宮家への縁談が決まり手の届かない存在になったと知った時に突然それを奪いたくなっただけのようにしか見えません。

いかにも三島が考えそうな話です。確か三島由紀夫はかつての皇太子妃・美智子様とお見合いしたかもしれない、などと話していました。黙っていてもいいようなことなのにそういうところに三島は感情が動く人だったのです。

さとこにしても清様に本当に恋をしていたのか。縛られた運命を破壊してくれるのはこの男だけ、と思ったのではないでしょうか。

 

橋本治著『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』の清様の説明部分を読むとなおさら清様の自分勝手さが伝わってきますし、三島はそういう「恋に溺れる自分に溺れる男」を描きさらにそれを冷笑していたのかもしれません。

三島は「男性的な男性」に焦がれていたように思えますのでこんな男は実は嫌いだったのではないでしょうか。

それでもそんな男しか描けなかったように思うのです。

 

日本の明治の貴族社会の中の男女恋愛を描いた作品。行定監督の本作は極めて真っ正直にこの映画を作っているとしか見えませんが私にはこの映画をまともに観るのが耐えられません。

実社会を観るのを避けた嘘の世界の恋愛ごっこ。西洋の真似をしながら貴族のふりをしている彼らをまた懸命に芝居しているのを観続けるのは辛いものがあります。

三島由紀夫は虚無を追いかけた人でした。この映画もまた虚無でしかないのですからそれはそれで正しいといえるのかもしれませんがそれは三島が虚無であるといううえで描くべきことです。

二人の明治貴族青年の虚無な舟遊び、エロチシズムのかけらもないキスの場面などいったい何のためにこの映画を撮っていったのだろうかと考えてしまいます。

 

恐ろしい夢を見て飛び起きてはあはあと息をする、という場面を撮る監督はアホクサイ、と最近思っていたのですが本作はその場面が三度も(確か)出てきます。

すべてが虚無、そんな映画でした。

 

もし映画がそうした感情を踏まえて作られたものであれば「日本人には恋愛がない」としてもそれを超えた作品になりえたのですが