ガエル記

散策

『はじまりのみち』原恵一

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とても良い映画でした。映画監督・木下惠介が戦時中に病の母親を疎開させるというエピソードを中心にして当時の日本の状況と家族の情愛を細やかに描いた作品でした。

 

木下惠介監督製作の『陸軍』はラストが「女々しくて戦意を失わせる」とされ次回作を見送るよう指示されてしまいます。自尊心を傷つけられた木下惠介は監督業を辞めてもとの木下正吉に戻ると言い捨てて母のいる実家に帰ります。

 

若き木下監督の母はからだを動かすことも話すこともままならない、という病状でした。戦時下空襲も酷くなり一家は山間に住む親族を頼って疎開することになりますが、病身の母親を運ぶにはリヤカーに寝かせて山越えをするしかない木下惠介(正吉)は考え付きます。

便利屋の若い男に荷物を運ばせ、惠介は兄と共に母を乗せたリヤカーを山間の疎開先へと引っ張り押し上げていきますが、力仕事をしていなかった兄弟には山越えは想像以上の苦難でした。

 

木下兄弟の両親はこの上ない正直者で働き者であり子供たちを溺愛した人たちだったとふたりは口をそろえて言います。

なんでしょうか、昨日観た『異人たちの夏』において良い両親に早く死に別れてしまった主人公と反対に(良い親は一緒ですが)こちらの兄弟は受けた愛情を返そうと懸命になるわけです。親孝行ができなかった『異人たち』の主人公と対照的に木下兄弟は幸せ者なのですね。

映画作品の中でやっと宿にたどり着いたものの病身を嫌われて何軒も断られた後に泊まれることになった惠介が宿の前ですっかり泥跳ねで汚れてしまった母親の顔を拭いてやり髪の乱れをくしけずってあげる場面は優しさにあふれていて思いもかけずほろりとしてしまいました。

 

それにしても母親は愛する二人の息子が運ぶリヤカーの上でずっと空を見上げていたわけです。

神々しい夜明けに母は手を合わせ兄弟もそれに倣います。

突然の雨が親子を襲いもしましたが、夏の空はくっきりと青く、白い雲との境界が鮮烈です。

その空をまぶしく感じたのですが映画のラストで再びリヤカーに乗った母が夏空を見上げる場面となってああやっぱり原監督はこの場面を見せたかったのだなと嬉しく思いました。

 

クレヨンしんちゃんで有名な監督で私もそれなりに観ていたとは思いますが、改めて見直してみたくなりました。

原恵一監督はご自身、木下惠介監督作品をリスペクトされているということです。私は木下作品をほとんど観ていないのでこちらも続けて観たいと思っています。