第16駅まで鑑賞。
このあたりになると複雑になってきて覚えているわけないといっても過言ではないです。
とにかく覚えていませんでした。
2シーズンの一気鑑賞というのはやはり過酷なのではないでしょうか。しかもこんな難しい内容の作品の。
ネタバレしますのでご注意を。
両親不在の貧困家庭ながら強い愛情で結ばれている高倉兄弟と家庭崩壊をくい止めようと異常な行動で邁進する荻野目リンゴと多蕗先生のいわばドタバタラブコメディから始まった本作品は第9駅「氷の世界」を境に急激に核心へと深まっていきます。
謎の美男・サネトシは地下の図書館司書から陽毬が入院する医師となって再登場してきます。
そしてバラバラに思えた登場人物たちがかつて様々に接点があったことが示唆されるのです。
その接点のひとつが地下鉄の「事故」で死んでしまった桃果です。
これまでエキセントリックなトラブルメイカーだったリンゴが憑き物が落ちたように考えを改め桃果の代替えであることをやめ多蕗から離れて晶馬を好きになったと自覚します。
入れ替わるようにこれまでいつも明るく優しかった晶馬がリンゴへの態度を一変させます。それはかつて自分の「両親が起こした事件」によってリンゴの姉・桃果がなくなったことに気づかされたからでした。
この「両親が起こした事件」というのは1995年にオウム真理教教徒が起こした「地下鉄サリン事件」なのです。
『輪るピングドラム』はその事件が起きた年に生まれた子ども「冠葉・晶馬・リンゴ」を中心にして複雑に構成されていく物語です。
日本人はどういうものか、恐ろしい事件だと思うほど「それをなかったこと」にしたい国民のようです。
そのことについて深く考察していくより忘れてしまうを選びたいのです。
事実、オウム真理教の主要人物13人が2018年に続けざまに死刑となっています。事件が起き逮捕されてから23年経った時期ですが果たして審問と考察は充分だったのでしょうか。
そして現在事件から27年が経ちました。オウム真理教と地下鉄サリン事件は遠い過去になってしまったようです。
しかしここで驚きなのはそれを題材にした『輪るピングドラム』がテレビ放送後10年目にして劇場版製作が発表されたことです。
幾原邦彦監督の本作は確かに綺麗な絵柄と面白い演出によって味付けされてはいますがその本質は苦い毒でした。
監督自身、すぐに忘れ去られてしまう作品が多い中10年経って映画化に賛同が集まることに後押しされたはずです。
この時代に、もう一度、彼らに会いたい、と思いました。
私自身、日々の仕事に忙殺されて生きてきましたが1995年のあの日に世界は一つの変節を迎えたことは忘れることができませんでした。
そしてそこで様々な形で人生を変えられてしまった人々・こどもたちがいたのです。
やはり忘れてしまってはいけないし、考えなければならないのです。