ネタバレしますのでご注意を。
炎天下の持久戦に玄徳は水の補給ができる場所へ陣を移すしかなくなってしまった。
一度に移せば追撃を受けるため老兵のみを残し逃げ精鋭を伏兵として討つ計略を取ることになった。
玄徳はいちいち問い合わせはできないが馬良に意見を聞いてくるよう命じる。
韓当は蜀軍の動きを陸遜に伝え追撃を申し出た。が、陸遜は三日待てと言う。驚く韓当に陸遜は「残っているのは老兵ばかり。ということは近くに伏兵がいるのだ」といって出陣を認めなかった。
やがて蜀軍は呉軍に対して罵り始めた。これを聞いた韓当は怒り陸遜に戦を急がせる。
が陸遜は「戦わずして国を守れたのなら結構なことだ」と答えるばかり。
「玄徳は英雄である。玄徳が正陣を敷いているうちは打ち破ることはできない。炎暑と病人の続出を待ち士気の衰えを待つのが最高の策である」
韓当は「なるほど大都督は理論派。これからは戦わずにして勝つということでございますな」と言い捨てた。
魏の曹丕は「玄徳が水軍を主力として毎日百里以上も呉に前進している」と聞いて大笑する。「それでは玄徳は死に急いでいるようなものじゃ」
陸軍水軍えんえん八百里に伸び切った陣線では七十五万の大軍も極めて薄い線となってしまうのだ。
「そこを陸遜に狙われたら蜀軍は大敗をまねく」
曹丕はほくそ笑んだ。「そうして呉が勝てばその勢いで蜀になだれ込むであろう。その時こそ我が兵馬が呉を奪い取る時だ」
曹丕は曹仁を呼び濡須へ向かわせた。曹休は洞口。曹真は南郡へ。
「そして魏が天下統一する」
かくして魏軍は三路より呉を狙って出陣した。
馬良は漢中にいる孔明を訪れていた。戦況を問う孔明に馬良は答える。
「我が軍は八百余里に四十数か所の陣を結び先陣は船で呉に攻め入る勢いでございます」
孔明は驚いた。
なぜと問う馬良に
「水流に任せて下るはたやすいが水をさかのぼって引くは難しい。これがひとつ」
孔明は馬良にすぐ引き返して帝をお諫め申しあげてくれと頼んだ。
「だが私が帰った時すでに蜀軍が敗れ遊ばされた時は」
「その時は帝を白帝城に入れ奉るのだ」と孔明は答えた。「魚腹浦に十万の兵が伏せてある。陸遜が迫ってくればそこで討ちとれる」
が呉の陸遜は次々と指令を出していた。蜀軍の長く伸び切ってどこを攻めても手薄。そして一か月以上も雨がふらず大気は乾ききっている。さらに明日から東南の風が吹きまくるであろう。
敵陣に火を放ち攻撃をかけるのだ。
長い間戦を待ち続けていた呉陣は勇み立った。
陸遜の読みは当たり強い風が吹き始めた。呉軍は陸遜の指令で次々と動いていたが玄徳はそれらにまったく無頓着だった。今までまったく動かなかった呉の作戦に気づいていなかった。
次第に各地で火の手があがり玄徳は別の陣へ退却した。がそこもまた火事となっていた。玄徳はやむなく白帝城まで逃げるしかない。
その途中にも呉軍が伏せており玄徳を生け捕らんと待ち構えていたのだ。
張苞に守られやっとの思いで高みへ逃げると我が陣営が火の海になっているのが見えた。
玄徳はその時初めて陸遜がこの日を待ち続けていたのを知ったのだ。遠大な火計であった。
ふもとから火をつけられ玄徳は逃げ回った。山ごと焼き払うつもりなのだ。玄徳は「もはやこれまで」と観念する。が蜀の将が「火攻めには火で防げ。燃える者は何でも燃やして敵を防げ」と呉軍を追い払う。「今のうちに」
がそこにも呉軍が伏せておりもうどこにも逃げ道はない、と覚悟した時迫ってきた一軍がいた。
趙雲であった。
なんて頼もしい男なのだ。そして孔明はずっと帝を守ろうとしていたのだ(´;ω;`)
だが、八百里にわたった陣営は連絡もとれぬまま個々に呉軍と戦い多くの将が討たれていった。目も当てられぬ惨敗だった。
勝ち誇った呉軍は玄徳を追って白帝城に迫った。
魚腹浦の手前の古城もすでに呉軍で埋まった。
「玄徳を捕えるのも時間の問題となった」陸遜は古城の壁上から眺めていた。
「大都督、失礼をいたしました」と韓当がそばに寄った。「これだけの策があるとも知らず不平を申したことをお詫びいたします」
陸遜は「なに、もうすんだことじゃ。それよりもよく戦ってくれたことを感謝している」と答えるだけだった。
「そんなことよりわしは先ほどからあそこがきになってのう」と指をさす。
「あそこは魚腹浦ですがそれがどうかなされましたか」「すさまじい殺気を感じるのじゃ」
が、敵兵はひとりもいないと言う。
陸遜はもう一度壁上から見て確かめた。
「いや気のせいではない。この鬼気ただごとではない」
密偵が報告する「いくら探しても敵兵は見つかりませぬ」
「大小数千の石が積み上げてあると」
なんのためにそのように石を積み上げてある?
どうしてこう気になるのだ?
翌朝陸遜は供を連れ偵察に出かけた。
魚腹浦にさしかかり漁夫が作業しているのを呼び止める。
「お前達なら知っておるであろう。この辺の磯から山に沿って石が積んであるそうだが何かいわれがあるのか」と陸遜は問うた。
「あれは先年諸葛孔明という人が大勢の兵を連れてきて造らせたものでございます。不思議なことにそれ以来江の水も妙なところへ流れ込み時々旋風が起ったりするので今では誰もあそこに近寄りませぬ」
「将軍も近づかないほうがようございますよ」
しかし陸遜は「孔明がどんな悪戯をしたか見てみたいものよ」と走った。
「ほうこれか」
擬兵、偽陣。これはただ人を惑わす詐術にすぎぬ。こんなものに昨日から迷うていたか。
「どれ、天下の大軍師孔明が作ったいたずらを近くで見てみるかな」
と陸遜は中へ入っていく。
「なるほどこれがあの殺気を出させるのか」と数千の石が積み上げられ旋風が巻き起こる中を陸遜は進んでいった。
と「行き止まりじゃ戻ろう」と陸遜は馬を戻して進む。
が今確か通ったはずの場所が行き止まりになっているのだ。
「目印を間違えたのであろう」と戻ると
「ああっこちらも行き止まりだ」
出口を探せと走り回るがまたもや同じ場所へ戻ってしまう。
「どうやらこれは迷路になっているようだ」
時が過ぎるが陸遜たちはどうしても同じ所へ出てしまうばかりだった。
その時、波の音が轟いてきた。
「大都督、漁師が江の水が妙なところへ流れ込むと申しておりましたがもしやこの中では」
「探せ急いで出口を探すのじゃ」陸遜は焦った。
烈風が吹きすさび波が流れ込んできた。
(恐るべし孔明!これ使ったら戦争しなくても勝てるんじゃ)
そこに人影が見えた。
「誰じゃ」
「わしは諸葛亮の舅黄承彦の友で久しくこの山に住んでいる者でございます」
「頼む。出口を教えてくださらぬか」
「私のあとについておいでなされ」
「ほらここが出口でございまする」
老人についていくとすんなりと出口へたどり着いた。
高みからみると今までいた場所に水が流れ込み渦巻いている。
「かたじけない。命の恩人でござる」陸遜は老人に礼を言った。
「だが私が石兵八陣から救い出したことは言わないでくだされ」
と去っていった。
(孔明はこうなるとは予想してはいたのではないか。もしかしたらそうするように促していたかもしれない)
「恐ろしきかな孔明」と思わずつぶやく陸遜は自分の言葉にハッとした。
「一年も前からこのような備えをしているとあらば蜀の国内はもっと固めているだろう。わしがここまで深入りしてきたのは大きな過ちであった。呉を狙うは蜀だけではない」
陸遜は「すぐに引き返さねば」と明言した。
この陸遜の決断に呉軍は騒然となった。目の前に力を失った玄徳がいる。討ちとるのは今しかない。孔明の作った石兵八陣に大都督は恐れをなしたのかと問うた。
陸遜はこれを肯定した。
さらに呉の敵は蜀だけではなく天下統一を狙うのは玄徳だけではない。
「すると魏が」
呉の主力は殆どここにあり呉は空き家同然。魏が狙わぬと思うか。
蜀はもう天下統一は望めぬ。それよりも天下統一の野望を持つ者に備えるべきだ。
すぐに引き揚げる。
呉軍はいっせいに呉へと引き揚げた。それはまさに疾風迅雷であった。
途上は報告がはいった。
「魏の大軍が三路より呉に向かっております」
武将たちは陸遜の推察に恐れ入る。
一方曹丕には呉軍が蜀に入らず呉へ引き返したとの報が入った。
そして三路より入った我が軍と戦闘を開始した、と。
曹丕は呉軍が蜀に勝ちながら蜀に入らなかったことに驚愕した。
呉と魏の形勢は互角。曹丕は参戦を決意する。
ここに異を唱える臣がいたが「今こそ呉を討ち蜀を討つ時出陣じゃ」
曹丕は最も重要な防御線、首都建業に近い濡須へ向かう。
いま呉は蜀の大軍に続いて魏の大軍にさらされた。
「石兵八陣」
本物は凄く恐ろしいものだった。中にも書いたけどこれを色々な形で使ったら戦争なしで済みそうな気もするのだが。うむう。とにかく孔明おそろしいヤツ。
そして玄徳の大敗。
貧しく特別な引き立て役も縁故もない彼は関羽・張飛といういわば友人グループで小さな軍勢で勝ち進んできた人物だった。
大軍を率いてきた曹操とはまったく違うのだ。それが年取って権力を持って突如七十五万の大軍を率いた。
かつてできるだけ命を落とすな、と兵たちに語ってきた彼ではなくなってしまったのだ。玄徳にそんな大軍を操れる技量があったのか。
あまりに愚かしい惨敗だった。
現実でも成功した人が年を取っておかしな行動を取ってしまうことはよくある。
財産や権力を持ってしまったためにより大きく見えてしまうんだろう。
玄徳の大敗はその極端なものだ。作品としては描いてないけど徳を常に謳ってきた玄徳が最期に人命をおろそかにしてしまったとしか思えない。
繰り返してしまうけど陸遜に気づかず先に決めた仇討ちだけで戻っていたなら。
「天下統一こそ我ら三兄弟の夢だった」と無理強いしてしまったのだ。
孔明は玄徳が勝てないことはわかっていたはずと思う。なのになぜとまた詮無きことを考えてしまう。
後に孔明が無謀なほどの戦いに挑むのはこの時玄徳を行かせてしまったことへの贖罪ではないかとすら思うのだ。