ガエル記

散策

『JSA』パク・チャヌク

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実に久しぶりに観たのですが、あまりにも素晴らしく、面白くて驚きました。

初めて観た時は「韓国映画も面白いものがあるのだな」的な感想だったように記憶するのですが今これを観ればそんな偶然の産物ではない技術と哲学を感じることができます。

 

なんといっても凄いのは南北朝鮮の一言では言い表せない重い問題を核にしながらその状況をよくは知らない海外人まで興味を持たせる面白さで見せてしまう力量でしょう。

それは北朝鮮兵士にソン・ガンホ、シン・ハギュンを置いた効果が際立っているのですね。そして韓国兵士に若くかっこいいイ・ビョンホンと誠実で純粋ともいえるキム・テウというのは一般的な映画なら逆の配役にしてしまいそうに思えます。

 

最初に観た時から奇妙なきっかけで出会うことになってしまった南北の兵士たちが夜な夜な遊ぶことに夢中になってしまう、という筋書きが良い意味でおかしくかったのですが今見るとこれははっきりと同性愛の描写になっているといって間違いありませんね。

イ・ビョンホン演じるイ・スヒョクは地雷を踏んでしまったのをソン・ガンホ=オ・ギョンピルに救われた時から彼の男気(自らの危険を顧みず助けてくれたという)に心底ほれ込んでしまったのです。

それはスヒョクが早撃ちを自慢した時にギョンピルからリアルな戦場での銃撃の心得を教えられそれを記憶していたことからもわかります。

この銃撃の自慢し合いの個所はかつてから「ホモセクシャル描写」の比喩としてよく使われてきたものですがここでもそれとして喩えられているわけです。

つまりこの南北兵士である四人の男たちは夜な夜な逢引きしているのであり、交わっているところを北の上官に目撃されてしまった、という比喩的映像を我々は観て納得している、というわけです。

アメリカ製女性ヌード雑誌もほんとうはゲイヌード雑誌であったかもしれません。

 

四人の兵士と一人の上官の銃撃戦の謎を解き明かすために投入されたのが中立の立場であるスイスの女性将校でそれを美しいイ・ヨンエが演じていますが、誰一人この美女に恋をしないという不思議があります。他の映画であれば必ず誰かが彼女と恋仲になる設定を持ち込むはずです。彼女はスヒョクに「良い声ね」と好意すら表したにもかかわらず彼は事件を露わにしようとする美女将校を絞め殺そうとまでするのです。

 

感情的になろうとしたスヒョクを蹴り倒して自分の心を偽って見せたギョンピルの行動はまるで義経を打ち据えた弁慶のようではありませんか。

つばの掛け合い、兄貴が欲しかったという言葉、彼らの切ないもの言いたげなまなざし。

すべての言動が隠された同性愛描写の謎解きのようで古臭い腐女子自分は昨今なかった感動を覚えてしまいました。

現在は何もかもあからさまになってしまいこうした謎解き遊びの楽しみはすっかりなくなってしまったのです。本作はそんな感覚を呼び戻してくれました。

もちろん本作は表面上では完全に南北の分断を基盤としたサスペンスミステリーです。

 

 

そうした隠し味を仕込みながら歴史的悲劇を良質のミステリーとして楽しませる、これは偶然できた作品であるわけがないのでした。