ちらりと見て心が動かずそっとしまっておいたのですがTL上の騒ぎでついつい気になり観てしまいました。
結果観てよかった、とも思いました。予想に反して素晴らしかった、という意味ではなく日本の中心的クリエイターのひとりがこうした作品を作り多くの反感を買いながらもそれに共感する人たちもいる、という現在の感覚を味わえたからです。
ではネタバレしますのでご注意を。
TLでは脚本が悪い、説明不足すぎて支離滅裂、大風呂敷を広げて置いての尻すぼみ(作品で言えば竜頭蛇尾そのものだったと)などの反感で溢れていたのですが私としてはそこらへんはそれほど不満に感じませんでした。
それよりもこれまでの様々なSF作品からの現在で実力を持つ監督作品の最新作が
「仮想空間という世界を舞台にしてやっぱり大切なのは現実の自分であり現実の仲間なのだ」
という決着なのは「今更?」というがっかり感のほうが先に立ちます。
主人公スズはど田舎に住む見栄えもパッとしない臆病な女子高校生、というキャラですが親友もいるし学校一の美少女とイケメンからも何故か好意を持たれているという不思議設定でもあります。
幼い頃に母親を失ったことがトラウマにはなっていますが父親は深い愛情を持ち何故か合唱団のおば様たちから過剰なほど愛されています。
そもそも主人公が現実世界であり得ないほど友情や愛情に恵まれているので「現実世界が過酷でネットに逃げ込まなければ生きていけない人間」ではないとしか思えません。
そんなスズが仮想空間に求めたのは「綺麗な容姿でほんとうの自分の声で歌える」という夢想なのですが「ほんとうの自分の声」は「素晴らしい歌を歌える」のですから夢想は学校一の美少女ルカちゃんにそっくりの「綺麗な顔」というこれまたこれまで語りつくされてきた「女の子は綺麗でなければ価値がない」という題材での物語になっています。
美しい歌姫「ベル」の表現がいかにもありきたりなアイドル描写になってしまうのも現実世界そのままで「これまでにない特別な感覚」を持っていないのですね。
そして正義キャラが突きつける「仮想空間は虚構のキャラクターだ。現実のおまえの醜い姿を暴いてやる」という思考もあまりにも古すぎて何のために新しいメタバース表現をしているのか根本的に意味がないのではないでしょうか。
このアニメ作品は少なくともアニメ『攻殻機動隊』より以前に戻ってしまっています。
スズが美しい歌姫ベルになるのはもちろんメタバースとして良いのですがそれに50億の「良いね」がなければ自己肯定感が持てないという価値観もありきたりに過ぎる気がします。
50億という数字がないと「ただ一人のために歌う」意味がないとこの作品は言っているように思えます。
多くの人がキャラクターが薄すぎるという不満を持っておられるように私もメタバース空間が薄すぎるのは致命的と感じました。
「ネットの海は広大」で限りなく深いはずですがこの作品はほんの表層的な部分のみに顔をつっこんで「これは虚構だ」というリア充たちの物語だった、という解釈で良いでしょうか。
「かわいそうな竜」を救うためにそばかすの姫が立ち上がる、のですがそこで合唱団のおば様たちや学校一の美少女カップルやイケメンや物わかりの良い父親が手助けしてくれる現実はあまりない気がします。
スズの母親は関係ない「よその子」を助けるために自己犠牲(と娘の養育を放棄)しました。その表現のためにあの状況ー激流の小島に残された子どもーを設定しスズの母親だけが行動したのはエピソード選択としてよかったのかいまいち頷けません。
それはそのまま皆さんが首をかしげる「虐待を受ける子どもたちをたったひとりで助けに行く」エピソードに繋がってしまうのですがそれならばやはりスズは誰からも好かれていない孤独の存在でなければあり得なかったはずです。
ここで思い出されるのはスコセッシの『タクシードライバー』です。
トラヴィスはマジで孤独でありたったひとりで「かわいそうな少女」を救いにいきます。そこでは50億の賛同も周囲の助けもなかった。これは現実です。
『竜とそばかすの姫』はこの半世紀近く以前の映画で語られた孤独ではありません。
しかし現実のその孤独はあるのです。
「そばかすの姫」そして「竜」が孤独のイメージとして描かれるのであればスズはトラヴィスのようでなければなかった。
少なくとも本作の元ネタである『美女と野獣』のベルはたった一人で野獣に立ち向かっていったのです。
「たった一人で立ち向かう」ことを描きたかったのなら応援者を書き足してしまったのは蛇足。
竜頭蛇尾で蛇足でした。
最初の発想「ネット世界で美女と野獣をやったら」という選択はもっと秘められるべきでした。
それを前面に出して浅い思考で展開してしまったので物語が破綻し反感を多く買ってしまったのではないでしょうか。
私としてはもう少し深いメタバース考察と表現をした作品が現れて欲しい、と願うばかりです。