なんとなく観てしまいました。
遠い昔に観たように思います。
と言っても2003年製作なのでそんなに昔でもないのか。
私としては期待して鑑賞したのに思っていたのと違った、感があったような気がします。
黒沢清監督は(多くの人がそうであるように)1997年の『CURE』がとんでもなかった後「そこまでそうでもないかな」的な感じで観てきました。
全然違うかなと思ったりでもやはり良いなと思ったりでしたがそれでもしょぼすぎる現在日本映画界では突出した監督のひとりには違いありません。
『アカルイミライ』は主要配役が藤竜也・オダギリジョー・浅野忠信とイケメンすぎる三人男優で固めたのも若干バランス悪い気もして軽薄にも感じました。
今観るとどうなのでしょうか。気になります。
本作中で黒沢清監督の「行動に意味はない」という言葉にはほんとうに含みはないのでしょうか。
というのは私は逆に「すべての行動に意味はある」と思っているからです。
ただそれがすぐわかるわけじゃない、というだけだと思っているのです。
良かれと思ったことが裏目にでることもある。
「好き」と思っているから好ましい行動をとるだけでなく真逆に嫌な行為をする場合もある。
その言葉の時に監督が足を組み替えたことに意味はない、と言いますがそれこそ「そうなのかな」と思います。
例えば足がしびれそうで組み替えた、そしてそれを感じるのは「退屈を感じた」「違和感を持った」ことでそうしたのではないかと思うより早く体が動いてしまうのではないか。
だから「〝意味”は解らないけどそこにある」と思っています。
と、その辺で感覚が違うから黒沢清監督作品はそのまんま共感は出来ないのだろうけど私には面白くはあります。
ところで黒沢監督は藤竜也さん絶賛のようですが私はそうかなあと思ってしまいました。
すごい二枚目なのは確かですがなんとなくあまりステキではない不思議。
オダギリさんは申し分ないイケメンなのは文句はないんですが・・・。
浅野さんはほんとに魅力ある。今も良い俳優さんだと思っています。