最終巻です。
ついについに。
といっても前回記事で少し入ってしまいましたがw
ネタバレしますのでご注意を。
武王は盟主として上座につくよう望まれる。辞退するものの「周は仁義道徳を旗印として正しい国を造ると宣言なされ東征を開始された。ここで武王に盟主となっていただき諸侯をまとめていただきたい」という熱い要望と太公望の勧めで武王は引き受けたのだった。
太公望は牛耳の誓いを始めた。
生贄の牛を引き出し眉間を突き倒れた牛の血を取り片耳を落として盃に入れた。
「ではこの地を啜り盟主の命令に従うことを誓っていただきたい」
東伯侯姜文煥、南伯侯愕順、北伯侯崇黒虎、東南揚侯鍾志明、などなど次々と盃の血を啜り「武王の命令に従います」「忠誠を誓います」と言葉にした。
太公望は会盟がうまくまとまったところで殷軍兵士三十万を解放した。
武王は心配したが太公望は彼らが殷によりを戻すことはないと考えた。彼らは郷里に帰るはずだと考えたのだ。
武王は納得した。
案の定元殷兵は郷里に戻っていった。
紂王のもとにこの報告がなされた。
さしもの紂王も事態の異変を覚り宮殿に戻って指揮を執ることにした。
太公望は近くの漁師農民らに話して船の手配をさせる。借り賃も手間賃もケチらずに支払わせた。
場所は殷の支配下だが誰もが紂王を恨むのか協力的に貸してくれたのだ。
孟津では大黄河渡河の準備は整った。後は朝歌を目指すのみである。
吉日を選んで周軍は渡河を開始した。諸侯もこれに続いた。
渡河の先に待っていたのは袁洪将軍だった。袁洪は会盟軍を迎え撃つ。
会盟軍の軍師はむろん太公望で巣車から全軍に指揮をとった。
左の砦では哪吒が将を任じられていた。そこへ現れたのが青銅の鎧をつけた将・呉竜だった。呉竜はいきなり哪吒の乗った馬を斬りつけ周囲の兵たちを討ちとっていった。哪吒は次々と攻撃を繰り出したが青銅の鎧に守られた体には傷一つ負わせることができない。
一方右の砦では金吒木吒が先鋒隊を任じられていた。こちらの将は常昊だった。常昊は戦う間に体が巨大に見えてくる、という幻術を使う。そして武器がまったく効かなかった。
太公望の助言で次の戦いで兄弟の戦い方が変わる。
常昊に対して金吒は蛇鞭そして木吒の飛饒が幻術に守られた本体を襲ったのだ。
常昊将軍は敗れた。
哪吒は呉竜の青銅の鎧に油のしみ込んだ珠を投げつける。油珠は鎧のあちこちにへばりついた。
そこへ火矢をかけると油珠に火が付き呉竜は火だるまになって逃げ惑いついに兜を脱ぐ。そこへ哪吒が乾坤圏を投げつけ呉竜の首を討ちとったのだ。
総大将である袁洪将軍の軍も被害が大きく退却を命じたが弩を使われ討死となった。
紂王に報告がなされた。
紂王は怒り自ら牧野で迎え撃つ、百万の軍勢を用意しろ、と命じた。
そして牧野に一大陣形を張って会盟軍を待ち受けたのだ。
この報告が太公望にされる。
太公望は紂王が自ら出陣と聞いて味方の被害も大きいだろうと考えた。殷の百万に対し周は三十万、会盟軍をいれても八十万に満たないほどだ。
翌日周軍は牧野を目指しその後ろに会盟軍が続いた。
が、ここで思わぬ展開となる。
殷軍の前陣の将が「俺は戦わん」と明言したのだ。兵士たちは「極刑に処されますよ」と怯えたが将はなおも続けた。「極刑を受けるか昔のような平和な生活がいとなめるかそれはこの決戦で決まる。殷では忠臣と言われる人が皆死罪となり朝廷を操るは悪徳高官ばかり。だが周軍に五関から防衛線まで突破された。もうこの戦いに勝ち目はない」
そして「君臣いたらざれば臣、君主を見限っても不忠にあらず。俺は武器を捨てる」と吐き出し地面に槍を突き立てた。
それを見た兵士たちも次々と槍を地面に差して同意した。
哪吒は紂王の立派な陣を見て士気高揚、前進を命じた。
が、金吒が地面に突き立てられた槍を見て「戦う気はないということだ」と気づく。殷兵たちは哪吒たちを黙って中へ入れたのだ。
金吒は太公望に知らせを送った。
殷の中陣では前陣が戦わずに降伏したと聞いて将が笑い出す。「くるべきところまできたのじゃ。味方が命を懸けて戦っている時援軍も送らず紂王は鹿台で酒と女に入り浸っていた。今になって命懸けで戦えと言われても誰もその気にならぬわ」
紂王のいる後陣に「前陣・中陣が降伏した」との知らせが入った。紂王は「腰抜けめ」と罵って後陣だけで防ぐと言い切ったが将軍がこれを止めた。
「これはいったん朝歌に引き返し城で守った方が有利でございます」「お早いご決断を。周軍が攻めて参りますぞ」
やむなく紂王は朝歌城へ引き返し立てこもったのだ。
武吉は「牧野の戦いは大変なものになると思っていたのにあっけないものでしたね」と太公望に語りかける。太公望は「殷軍の兵士に厭戦気分が広まっているのじゃ」と答えた。「この様子では城兵らもそうであろう」
朝歌城に到着すると太公望は矢文を放った。
「我らは天下を正さんとする天兵である。城門を開き先王までの平和な世の中を取り戻せ」と書かれていた。
城内には遊びで自分の女房の腹を裂かれたり親の脚を切り落とされたりした者たちもいる。次に誰がその被害を受けるかわかりはしないのだ。領民は城門を開けようと騒いだ。
城門を守る将軍は領民を抑えろと命じたが城兵たちの多くもこれに従わず争いとなった。
がついに領民側が優勢となり城門が開けられたのである。
こうなると城兵はまったく戦意を失った。誰もが武器を捨てて降伏の態度を示したのだ。
領民は両手をあげて歓声を送った。
その中を悠々と太公望たちが通ったのである。
紂王にこの知らせがもたらされた。
「領民が城門を開き周軍を導き入れました」「もはや敵を防ぐのは無理でございます」
紂王は臣たちに「そちたちは好きなようにせい。わしは摘星楼に参る」と去っていった。残された悪徳高官たちは天下の財宝を運びださせた。
紂王は妲己に会い「敵が朝歌城に入った。だが女たちまで手は出すまい。そちたちはここにいよ。わしは鹿台に参る。周の武王に利用されたくない」と去っていった。
妲己はその姿を見送り周囲の者に話した「皆の者、周の武王は仁義道徳を旗印にして兵を興した。私たちの求める世界ではない。だが人間は戦争が好きじゃ。必ず戦い乱れる日が来る。私たちが望むのは退廃と堕落の世界じゃ。その日が来るまで地下で眠っていよう」
そして喜媚に摘星楼に油をまかせ火をつけさせた。
「わたしたちの求める世にもう一歩だったのにねえ。でも地下で眠っていればまた乱れた世はやってくる」
そして喜媚や他の仲間たちと横になりその霊が地界へともぐりこんだのである。
武王と太公望は紂王の住居摘星楼が燃え上がるのを見た。
宝物殿の宝を運び出せと命じたがそこはすでに空っぽであった。
紂王はふたりの側近を従え鹿台へと走った。衛兵に姿はなかった。
巨万の富をつぎ込んで建てた鹿台である。
「六百余年続いた殷も我が代で終わりを迎えた。聞仲太師が生きていてくれたらこんなことにならずにすんだかもしれぬ」
そして側近に油をまかせ自分は玉座に座りふたりに「火をつけて去れ」と命じた。しかしふたりは最後までお供させてくださいと頼んだのだ。
燃え盛る火の中で紂王とふたりは自害した。
ここに殷王朝は亡んだ。
武王は九間殿の庭に祭壇を造り天地に祈願し天子を宣言した。周王朝の誕生である。
そして諸侯の領地も定められた。散宜生、南宮适、そして太公望は斉の国であった。
出来た国は七十二か国であった。
呂尚は皆を労った。
金吒木吒哪吒たちは元の山に帰ってゆっくり考えることにした。
武吉も西岐に戻って樵になり魚と遊ぶつもりだったが呂尚は「わしと一緒に斉に来い」と誘う。「斉は海に接し海の幸も多い。そこで塩を作ることや鉄を作ることを学ぶんだ。もう青銅の時代ではなくなる」(ひえーまだ学ぶ気でいるよ)「塩と鉄を作れば全国から商人が集まる。そうなれば斉は富み民の生活も豊かになる」
領土が決まると諸侯たちは次々と帰国を始めた。
「お師匠様。これでいつまでも平和が続くんですね」
「わしが昔文王さまを占った時、三百年は上手くいく、その後は諸侯に守られて細々と続くと出た。だがしょせん占いじゃ。ほんとうのことは天界の神様だけがご存じであろう」と高らかに笑った。
完。
横山光輝氏の遺作となる本作です。読む前は「横山氏が死の直前まで描かれていたため最後は筆が乱れていて」という感想を目にしてやや怖いような気もちでいたのですが読んでいる間まったくそんな感じがしなかったので逆に驚いてしまいました。
確かに読み返すとそうなのですが「絶対に描き終わらせるという気迫があったのでしょうね。それと背景などをしっかり描かれるアシスタントさんたちの技量が助けているのだ思えます。
最初は金田正太郎クンやバビル二世のような少年もの、次に『三国志』のような壮年期の男性、そして最期は太公望という老人を描いたというのも横山氏自身が素直に共感できる主人公を描かれていたのだろうと感心します。
それにしても最期に『殷周伝説』という幻術や超能力を使った極めてファンタジー色の強いジャンルを描かれていることにも唸らされました。
いわば『封神演義』をリアル描写に置き換えた、という作品ではあるのですがそれでも霊魂や占い、魔術めいたものが強く作用した世界です。
横山氏と言えば「ショタコン」の語源になっているような方なのですが『三国志』ではほとんど少年が出てこなかったのに本作では金吒木吒哪吒そして黄天化、雷震子といった少年たちが大活躍するのも楽しいです。
そして横山美形キャラを一人で背負っていたような美形武将黄飛虎。男らしい美貌の武将は横山光輝が一番だと思います。
しかも武吉が「黄飛虎様は早く奥様の側に行きたかったのですよ」なんていうから泣けてきました。
そしてその武吉、あまりにも良い人で彼が太公望の側にいるからこそこの物語が良いものになった気がします。
そういえば『戦国獅子伝』で人の好い相棒武虎(武が一緒だ)が途中から女の子と入れ替わってしまったのが残念だったのですが太公望はむしろ女から武吉に入れ替わってますね(いやあの奥さんは相棒とは言い難いが)
『三国志』の哀愁に満ちた終わり方とはまったく違う本作『殷周伝説』の「むしろ楽しみはこれからよ」的な呂尚と武吉の門出は幸福な終わり方でした。
こんな素晴らしい作品が遺作になっていることに喜びを感じます。
横山光輝先生ありがとうございます。