ガエル記

散策

『横山光輝超絶レアコレクション』横山光輝 その3「長征」

資料:岡本隆三『長征』

 

横山光輝著単行本上下の『長征』というマンガ作品があります。これも現在廃版で古本としてしか購入できない状態です。

本作の中に同タイトルの作品があったので驚いてしまったのですがこれは45pで無論別の内容です。

単行本の方はすでに読了していました。横山沼にはまってからこの『長征』という作品があるのに気づき中国ものに興味がある私としては横山氏が中国近代史をどのように考えておられるのかすぐに読みたくなったのでした。

きっと重苦しく読み難いものだろうと身構えたのですが実は想像したものと全然違ったのです。それはこの45ページの「長征」も同じでした。

 

 

ネタバレしますのでご注意を。

 

 

単行本『長征』もこの45p「長征」も内容は違うのですが描かれるのは強い男女の愛情の物語なのです。

ここまで横山作品を読んできて男女の愛情を核にしたものはちょっと思い出せないほどなのですが何故か中国近代史における紅軍の物語において感動的な異性愛(っていちいち書くのもおかしいですが)のドラマとして描かれるのです。

単行本『長征』でははっきりと男女のラブストーリーであり本作「長征」では死んでしまった妻にそっくり(本当に似ていたのか、もしかしたらそう思い込んだだけかもしれない)な女性兵士を見つけた男が自分を犠牲にしてでも彼女を守っていく過程が壮絶に描かれていく。

 

まともな武器もなく食事も満足に得られることもなく紅軍兵士たちは過酷な長征を課せられる。

数日ぶりに食べ物を得られたものの量の少なさに女性兵士は「もっと食べたいな」と思わずつぶやく。それを聞いた男は(食べていないのに)「余り物だから食べな」と言って自分の食事をあげてしまう。それからも女性兵士が弱音を吐くたびに「これを食べて元気をつけるんだ。おれは男だから平気だ」と言う。

さすがに女兵士も「あんたは最近むくんできた」と言って男の腕を握ると掴んだ跡が残ってしまう。「栄養失調になるとそうなるのよ」

 

そして厳寒の中で彼らは睡眠をとるはめになる。

「寒い」という女に男はただ一枚の布を渡して「自分は体をこすっているから大丈夫だ」という。眠りそうになると今までの事を思い出して乗り切ろうとするのだ。

 

次の朝、目覚めた女は男兵士がすっかり凍り付いているのを見て起こそうとする。

しかしまわりの者たちは「凍死したのは他にもいる」といって先に進むよう促した。

 

いつもながらの淡々とした描写だ。

男兵士は自分が妻子を守り切れなかったことを悔やみ女兵士を助けることで贖罪しているのだ。

その男の一途な心が悲しい。それでも彼は最後まで希望を失わなかったのだ。

 

結局横山光輝氏はなにかしらの思想を描きたかったのではなくやはりここでもまっすぐに生きる男の魂を描きたかっただけなのだ。その描きたい男の魂が「長征」の中にあったのだろう。