ガエル記

散策

『平家物語』横山光輝 その2

それほど書けることはないのだけど少し書きます。

 

ネタバレしますのでご注意を。

 

 

平家物語』を読んで平家贔屓側として思うのはなんといっても「なぜあの時頼朝の首を討ちとってしまわなかったか」という清盛の言葉そのままだ。

もちろんそれはそれで仇討的な源氏の動きがあっただろうし「それでいうなら義経も」ということにはなるのだけど。

歴史にたらればはない。それが清盛であり頼朝だったということだけなのだから仕方ない。

 

おもしろいのは今はあまりそういうイメージがないのにこの時代は僧侶たちがすごい豪傑だということ。

中国では少林寺があるけどかつては日本でもそうした武闘派の寺もあったりしたのだろうか。おもしろがっていいのかわからないのだけど楽しい。

 

平家物語』の魅力のひとつに清盛&重盛の父子関係がある。

荒々しい父親清盛に出来すぎた感の長男・重盛というコンビネーションはとても良いのだ。重盛が長生きであったらなとこれもたらればを考えてしまう。

しかしその重盛の息子が問題を起こすし父と子といっても性格は違うものなのだ。

 

ムムムは健在

息子から叱られる予感で怯える父

ぐずぐず言い訳をする清盛wかわいい

 

この頃の日本のお馬さんは小柄でキュート。でも頑張り屋さん。

 

なぜこういう時はあっさり男子を産んでしまうものなのか。安徳天皇不憫なり。

 

そして清盛は京の都から福原(神戸)に遷都をする。あっそうか。

横山先生は神戸須磨区出身だから神戸に遷都した清盛にはさすがに思い入れがあっておかしくない。

この時の清盛の理想は素晴らしいのにもったいないんだよな。

しかし日本という国は公家も武家も貿易は苦手で結局清盛もまた京へ戻らざるを得なくなるし日本はひたすら鎖国への道を進む。

江戸時代は「鎖国じゃない」という人もいるけど外国へ行くことを禁じ出国したら死刑は鎖国だと思う。

結局それで日本は出不精、コミュ障となり身の程知らずで大戦に突っ込んだのだから鎖国は平和の選択じゃなかったんではと思ってしまう。

 

今もコミュニケーションは苦手な国民性に思える。

(私もそうだ)