17・18巻です。
ネタバレします。
本作『蒼天航路』は横山『三国志』を意識して反抗的に描かれているのではないかと思う。
横山『三国志』で劉備玄徳が曹操のようにではないように生きてきた、というように横山『三国志』に似ないよう創作されているのではないだろうか、ということだ。
とはいえそもそも横山『三国志』で曹操がかっこよかった、という点で本作は「似てしまう」
主人公が似通ってしまう、という最大の問題点を除けば他は大きく違うように創作されている。
(と言いたいが夏侯惇が似ているんだよなあ)(しかたない。あのかっこよさ、描きたい)
横山『三国志』で省略されてしまった「官渡の戦い」をかなりの分量で描き出したのはそういう意識もあるからなのではないか。
しかも袁紹のあの巨体は大きな印象を与えてくれる。良いアイディアだった。
そんな反抗的な『蒼天航路』が分岐点となる位置を結局同じ場所にしてしまったのはこれもやむないことだったのだろうか。
青年期と中年期(というにはややずれているが若々しいキャラだから)の境目をどうしてもこの「官渡の戦い」(の後)に持ってきてしまうのは致し方ないのかもしれない。
さてとにかく「官渡の戦い」で華麗なる一族の王者・袁紹を討ち果たした曹操は覇業を目前とし王者の地位に達していた。
かたや劉備玄徳はいまだに「なんの成果も得られていない」状態で劉表のもとで相変わらずの居候生活を続けていた。
長い間馬で駆け続けている間は贅肉もつかなかったその脚もだぶついてしまった「髀肉之嘆」を玄徳は感じている。
ここまでは同じだがここからが横山『三国志』と大きく違ってくる。
関羽はひとり覇業を考え続け張飛はそんな関羽に苛立ち、玄徳はそんなふたりと趙雲を自分の実らない人生に巻き込むことに疲れ果てていた。
思うようにならぬ人生に酒を飲んで山賊にでもなろうかと考えていた時町中で不思議な異人種を見かける。
怪しんだ張飛はそれら数人の奇妙な男女に因縁を吹っ掛ける。
が小突きあげたその男は張飛よりも背が高く奇妙な美貌で三つの瞳孔を持つ目をしていた。
何者だと問うと「正と奇」だと答える。
そしてその男にまとわりつくように女たちが群がり去っていった。
関羽は軍師を集め「なぜ至強の袁紹が曹操に敗れたのか」という論議をしていた。
しかし軍師たちの考察に関羽は苛立っていた。
そこに口を挟んだ人物がいた。
「あれは美しすぎて戦ではない、と言った人がいた」
関羽はその人の名を問う。
これを聞いた関羽は「今、劣勢の極みにわれらが求めるべきはそのような異形の才か」と考えたのである。
関羽張飛は腑抜けきった玄徳の寝所へ出向き青龍刀を突き立てたのである。
孔明という人物を推挙した徐庶に連れられ三人は山の中へ分け入った。
徐庶は三人を崖の淵まで案内し下りたところにある洞窟を抜ければ彼の庵に出ると教えて去っていった。
三人は崖を下り、洞窟を抜けて庵の前に出た。
すると奇妙なふたりの童子が現れたのだ。
玄徳が「孔明先生にお目通り願いたい」と言うと童子たちは三人を案内した。
庵の中には座ったまま眠り込んでいる男と奇妙なふたりの老人がいた。
玄徳がその寝顔を見入るとその男は目を覚ました。
「劉備様、天なぞに甘い恋心をよせるのはおよしなさい」
とその男は言い自らの性器をさらけ出したのであった。
玄徳は吐き気をもよおしふたりを連れて逃げ出した。
が、関羽はそんな玄徳の襟首を捕まえ「あんたはあの男をまだ何も量ってはおらんぞ」と詰め寄る。
玄徳は「どんな才能があろうとあの汚らわしさはおいらの器に入れたくない」と返した。
「曹操ならばどんな汚穢であろうと妖魔であろうと才あらばそれを用い食い尽くす」と言う関羽に玄徳はむかつき「そんなに曹操が好きなら曹操ん所に行けばいいじゃねえか」と涙した。「だいたいなんで戻ってきたんだ、頼んでもいねえのに」
関羽は玄徳を持ち上げ降ろした。「俺はな、あんたといっしょに天下にいきたいのだ」
横山『三国志』でべたべただった関羽と違い本作での関羽は玄徳愛が表現されないがここで初めて強つよに言語化したのではないだろうか。
玄徳はふたりを率いて庵に戻りもう一度孔明に会おうとする。
ここで孔明は玄徳にまとわりつきながら天下三分の計を説くのだが玄徳にはその意味が伝わらない。
またもや玄徳は孔明の庵を後にした。
玄徳は関羽に「ヤツのことを気にいってんのか」と問うと関羽は「充分に不快だ」と答える。
そして思った。だが、われらにとってたとえようもなく不快な者だからこそそれが必要なのかもしれぬ。異形の才とはそういうものではないのか。
この関羽の思いが伝わったかのように玄徳もまた足を止めふたりを止め一人だけ庵へと戻ったのだ。
しかし孔明とは会えない。
が、あの奇妙な童子から「孔明は天下を分けることで天下を増やせ、といったのだ。天下をひとつだと決めつけるのは権力者の欲でしかない」と聞き戻ってくる。
天下三分の計が少しだけ玄徳に作用したのだった。
二人とともに劉表の城に帰った玄徳の前の前にすでに到着している孔明と女たちがいた。
横山『三国志』ではほとんど、いやまったく描かれなかった曹操の文学性がここで表現される。
曹操は武による覇業でだけでなく文学を華開かせた人物としても有名だという。
中国に初めて文学を誕生させた。
それまで儒学こそが学問の礎となっていた歴史を曹操は嫌っていた。
曹操の嫡男三男の曹植は最も優れた文学の才能を持っていたとして有名である。
そして郭嘉の物語。
純粋軍師としての郭嘉の危うい人生が描かれる。
凄まじい戦の中で戦況を見きわめ策を講じ張遼を戦わせる。