昭和46年6月21日号少年ジャンプ掲載、となっています。
とにかく初めて読んだ時にその鮮烈な表現に恐怖してトラウマになった作品です。
典型的なポルターガイスト作品なのですが当時の私にはたぶん初めてそういう話をマンガで読んだはずで震えあがりました。
しかしいつ読んだかはうろ覚えで、掲載当時に読んだのなら私が8歳の時なのでその時の記憶だけならこうも強烈に覚えているかな、と思うのでもう少し後に読んだんじゃないかとも考えるのですがもしかしたら8歳で読んでトラウマになったのかもしれません。
「ポルターガイスト」と言えばトビー・フーバー監督映画が有名ですがこれは1982年製作で『あかずの教室』の11年後になるわけです。
別に内容が似ているわけじゃないので気にする必要はないんですが。
今ハマりこんでいる『デイブとアリの陰謀コーナー』でも何度となくアリさんがポルターガイスト現象を話題にしていてそのたびに「この現象は思春期の少女がいる場所でよく起きると言われています」と説明しています。
確かに映画でもポルターガイストにまつわる話は少女が関係してきます。これは映画的に受ける趣向であるかもしれませんが現象話を検索しても少女が登場していくことが多いのですね。
そういう意味で行くと手塚治虫が描いた『あかずの教室』は少年がポルターガイスト現象を引き起こす珍しい作品と言えるかもしれません。
とはいえこの少年の描写がとても繊細で内証的であり容姿も愛らしいのですね。男らしいイメージの兄とは対照的に表現されています。
ストーリーとしては「優秀で男らしい兄と比較されてしまう内気な弟が劣等感の呪縛で苦しんでいる。弟は兄のガールフレンドに横恋慕してポルターガイスト能力を自発的に操り彼女をひどい目にあわせてしまうのだが兄の言葉でその呪縛が解かれて能力は失われる」というものです。
別の作家がこれを描けばそのままのつまらない作品となってしまうのでしょうが手塚治虫は独特の甘やかさでこの作品を仕上げています。
「弟が兄のガールフレンドに横恋慕」ととりあえず書きましたが(作品説明もこのようなものだと思います)彼のガールフレンドへの好意はそのまま彼女へ向けられているものではなくむしろ兄への好意が歪んだ形で表れている、と思えます。
弟の劣等感は単純に兄への嫌悪ではなくむしろ思慕に近いものです。
兄は優秀な男子で弟を権力下に置こうとしていますが同時に弟思いで優しい行動を示します。
例えば商品を盗んだと疑われる店に一緒に謝罪したり、中学の入学祝にミニカーをプレゼントしてくれたり、単に威張った意地の悪い兄なら弟のポルターガイスト能力はここまで増幅しなかったのではないのかとも思えます。
優秀であることへの嫉妬と優しさへの屈服感が弟の劣等感により複雑な影響を与えています。
兄の美しいガールフレンドを見て弟はよりその劣等感が強まったでしょう。
もし弟が単純にガールフレンドを好きなのなら兄をひどい目にあわせればいいのですが、弟は彼女を眠らせ服をはぎとっただけではなく彼女の体をぶくぶく膨らませ醜い姿へと変化させます。
好きな少女をこのように醜くしてしまう意味があるでしょうか。
弟の目的は兄がこれを見て少女への愛情を失わせてしまうことだったのではないでしょうか。
ところが兄は弟の念力で醜く変貌した彼女への愛を変えることはなく「安心しろ。オレは彼女と一緒に外国へ行くからもうお前の邪魔はしない」というのです。
この言葉で弟は突然笑い出し気を失って倒れてしまったのでした。
つまり弟は完全に兄に敗北してしまったのではないでしょうか。
ここで兄が慌てふためき怯えたのなら弟は兄に落胆することができたのですが、兄はむしろ弟を思いやった言葉を伝えたのです。
「もうおまえはにいさんを気にしなくていい」
と。
そして「その代わりみゆきちゃんを忘れろ」と。
弟が気絶した時、ガールフレンドは目を覚ましますが兄が抱き起したのは彼女ではなく弟のほうでした。
「ヒトシ!しっかりしろ・・・・・にいちゃんだよ。わかるか?」
「ああ・・・にいちゃん・・・」
「さあ・・・帰ろうな」
その後兄弟とガールフレンドのみゆきちゃんがどうなったのかは想像するしかありませんが、弟くんが思春期の絡まった感情から解き放たれたのは確かではないでしょうか。
私はこの作品でみゆきちゃんの服が細かくちぎれて飛んでいくのを記憶の中で物凄いCG再現してしまい凄まじいエフェクトをかけてしまいました。
「どうして手塚治虫はあんなに凄い描写ができたのか」と長い間不思議に思っていたのですが、再読した時あまりの簡単な描写に「えっ?!」と固まってしまったのでした。
どうやら私は自分で勝手にこの作品をアニメ化していたようです。
(もしかしたら本当に物凄いSFⅩ作品になってはいませんか。ただそれを観ただけじゃありませんか)
(手塚作品はよくこの手のマジックを掛けるようです。多くの人が困惑しています)
今でもあの場面はもっといろいろなものが飛ばされていたと思うのですが(メスとか注射器とか)違うのかなあ。
そういったとんでもない記憶を残させてしまうという特殊な能力を秘めているだけでなくこの作品はすばらしいものだと思います。
こうした細やかな心理描写は他の作家にはあまりないものです。
小品でもあって埋もれてしまいそうですがこの作品は手塚作品の中でも特別な一編であると評されて欲しいと願います。
少なくとも私にとってはまぎれもなく凄まじい魅力を持つ一作です。
このタイトルは意味が伝わりにくくて損をしているようにも思えます。弟君の心が開かない、という意味がもう少し伝わるといいのですが、。