ガエル記

散策

『一度きりの大泉の話』萩尾望都 その6

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さて、その後途中まで作業を続けたのですがあまりにも空虚を感じて挫折してしまいました。

前半と同じように一文ずつ批判するのは精神的ダメージが大きすぎます。なので大雑把にやろうと思います。

 

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後半は、補記2「汝、頑ななる者よ」と題されています。

ここからレビューはさらにヒートアップしていきます。

 

レビュー氏はもう自分の感情を抑えることができなくなっていくのです。萩尾望都の『一度きりの大泉の話』はこの方の尊厳を打ち砕いたかのように思えます。

まるでかつて萩尾氏が竹宮氏の尊厳を打ち砕いてしまったかのように。そのために竹宮氏は我を忘れ萩尾氏に平常ならば言いはしないだろう言葉をぶつけてしまいました。ここでは何の関係もないはずのレビュー氏が遠い存在の萩尾氏に冷静な人間ではありえない罵詈雑言を叩きつけ続けます。なぜここまで常軌を逸した罵倒をせねばならないのか、やはり萩尾氏には一部の人々を打ちのめしてしまう特別な神秘性があるのかもしれません。

私は単純に「面白いマンガを描いてくれるありがたい人だなあ」と楽しみにしその人がかつて辛い思いをしたと聞いて「いろんな人がいるものです。長い時間を経ても謝罪がなかったのですからもうあきらめて棲み分けるに限りますよ」と思うだけです。

もちろん今後おふたりが再会できるような奇跡があるのならいいのだがなあ、という希望は持ちますよ。しかしそれはおふたりだけが考えることで運命にまかせるしかありません。私は萩尾さんのマンガが好きで楽しみで彼女もそれがお好きなようなので良い環境でおられたら、と願うのみです。竹宮さんに対しては萩尾さんの邪魔をされないようにと願うしかありません。

 

さてレビュー氏は「汝、頑ななる者よ」と題されましたがこれはご自身を言っておられるようにしか思えません。

アマゾンのレビューにこれほどの長文を書く、というのはやや異様にも思えるのですがもしかしたら氏はプロの文筆家を目指しておられるのかもしれません。

が、アマゾンのレビューでなら反応があってもプロとして活動されるにはあまりにも攻撃的であり愛情の欠落を感じさせます。

 

レビュー氏は萩尾氏に「なぜ竹宮氏を許さないのか」と激しく怒っていますが私が読んだ限り竹宮氏は萩尾氏に謝罪してはいません。

ただ「昨日のことは忘れてほしい。そしてもう二度と会わないでほしい」と言っただけではないのでしょうか。だから萩尾氏は「会わないように」しているだけですよ。

そして竹宮氏の打ち明け話『少年の名はジルベール』にはその顛末は書かれておらず書かれていたのは「萩尾さんの才能に嫉妬した」という言葉だけでした。

竹宮氏としては「だから私が言ったあの言葉は罪にはならない」「そして私は次の日にちゃんと謝ったのだからもう謝らなくてもいいはずだ」という自己弁護なのでしょうがその一番核になる部分を書かなかったのはやはり竹宮氏は「その場面」を書くことが恐ろしくてどうしてもできなかった、それは人間として簡単に許されることではないと解っていた、ということなのです。

 

そのために萩尾氏は自身の打ち明け話で事の顛末を書く羽目になってしまいました。もう二度と体験住まいと封じ込めた責め苦をもう一度自ら味わわなければならなかったのです。

レビュー氏はまたもや激高し「なぜ小娘の過ちを許せないのか」と唾を飛ばす勢いですがあなたはなぜ萩尾氏を許さないのですか?

あなたはどうやらキリスト教を学んでおられるようですがあなたの思考と分析と文章にはまったく慈愛がないのです。

どうやらあなたは「なぜ私が萩尾氏を許すのか?」とぽかんとなさっているのでしょうが、萩尾さんの罪はあなたを嫉妬の地獄に落とした、という罪なのでしょう。

萩尾氏の才能はあなたを打ちのめした。

萩尾氏には大勢のファンがいて彼女が尊敬され愛されているのがあなたは許せないのです。あなたは書いています。

 

萩尾が「特別な人間」だとも、ましてや「神様」だなどとも思わない。

 

と。私は萩尾氏は「マンガを描くのが上手い人」とだけ思っていたので「特別な人間」「神様」とまで考えていたあなたに驚きました。

それを思いついて否定しているのはあなたが萩尾氏が「特別な人間」「神様」だと感じて羨ましくなりそうではない自分が虚しくなったからではないのでしょうか。

人間はだれも「特別な人間」ではなく、また人間なのですから「神様」ではないですよ?その発想がどうして生まれたのか、よく考えてみましょう。多分その出口はあなたの「人への羨望」ではないですか。

私はよくは知りませんがキリスト教の中でも「人を妬むべからず」という項目はないのでしょうか。

もう一度書きますが「頑ななる者」というのはレビュー氏ご自身のことですよね?

あなたのその高い知性をもってご自身の心理を分析しそれから柔らかな情感を持って他の方の作品を読み考えられることをお勧めします。

現在のその頑なな精神では人を傷つけるばかりです。

そして


私は、いろんなジャンルにおいて「一流」だと評され、多くのファンや支持者を持ち、そのジャンルにおいて「神様」と呼ばれる人たちについても、「同じ人間」として、「人間としての評価」を与えてきた。

 

「与えてきた」ことでなんとか自身の尊厳を保ってこられたことが伺えます。

なぜそんなに高圧的なのでしょうか。

そしてなぜ「一流」「多くの支持者を持」つ「神様」(またこのことば、かなり重症ですね)を自分と同じ人間だと思い込もうと努力してきたあなたの苦悩は切実ですが根本的に間違っています。

人間は人間であって神ではない、というのは基本条項であなた以外の普通の人々は普通にそう考えていますよ?なぜそこまである人たちを神様と思われている!と考えて苦しむのですか?みんな人間なので安心してください!大丈夫!人間ですよ!目を覚まして!!!

萩尾望都氏もまた普通に人間であって誰も本気で神様とは思っていません。ジョークで「女神様」と呼んで楽しんでいるだけですから安心してください。

 

そして萩尾さんをそっとしてあげてください。彼女を追いかけて大声で

 

何も怖れることはない。
なぜなら、あなたはすでに許されているからだ。

 

と叫ぶことは私はあなたに許したくない。あなたそのものが怖ろしいです。

 

ちょっと落ち着いてご自身の分析と文章をよくよく読み考えてみましょう。

あなたご自身が書かれています。

 

汝、頑ななる者よ、
弱き者を許しなさい。あなたは、罪人を裁いてはならない。
あなたは、裁き主ではないからである。

もしもあなたが、人を裁けるなどと高ぶるなら、
その時あなたは、「残酷な神」という悪鬼にとらわれて、それに変貌していると考えるべきである。

だが、その時、不幸なのは、あなた自身である。
あなたは、他者を許せず、そのことによって自身を許せない。
そして、自虐的にもあなたは、自身を狭い檻の中に閉じ込めて、「これで安心だ」とつぶやきながら、孤独に呪われた生を生き続けることになる。

 

これは全部あなたご自身への言葉ですね。

あなたは裁き主ではないし「人を裁ける」と高ぶるならあなたが悪鬼なのです。そして自虐的にも「これで安心だ」とつぶやきながら孤独な生活をするのですね。

やめましょう。大丈夫、今からでも人間に戻れますよ。

 

 

さてさて、私自身も学びました。

素人批評家は感情的になりがちですが戒めなければならないですね。

「評価を与えてやった」的になってはいけないのです。

隣人に愛を!よろしく!