
ネタバレします。
「狗屠王」
タイトルから想像される通り「犬」への加害があるので(以前もあったけど)ダメな方にはおすすめしません。
といっても私も苦手なのでこの一話に関してはでいるだけ簡略にします。
冒頭、犬に見事な芸を仕込んでいる男が登場しその男がなぜこんな技を仕込めたかと話し出す。
男は犬を仕込んだわけではなく別のある道士から犬に芸をさせる薬をもらったのだ。
だがその時に妊娠した女性の腹を生きたまま切り裂き胎児を取り出すという非道を手伝ったのである。
男は薬をもらうと罵って去った。
そして男はその薬を犬に飲ませ芸を披露しては金を稼いだが道士は男に「一度術を使った犬は必ず殺すのだぞ」と忠告した。
男は言い付けを守ったが薬も残り少なくなり一匹の犬を何度も使おうと殺さず縛っておいたら夜のうちに逃げ出してしまったことが一度だけあったという。
ところで男に薬をくれた道士はその後出世して大金持ちになったのだがある日血を吐いて死んでしまったのだ。
その側には胎児のミイラが入った箱があったという。
男はいつものように犬の芸を見せた後、下働きの童子に犬料理をさせた。
運ばれてきたのはその童子を煮込んだ皿だった。
男の目の前にはかつて逃げ出した白い犬と先ほど芸をさせた犬が服を着て立っていた。
というわけで犬(と人間)に酷いことをした奴はたぶんこの後に酷い目に会うと思われる。
「封禅」
昔この話を読んだ時は何が何だかよくわからなかったように覚えているがその後、横山光輝『史記』を読んで学んだので(えっへん)たいそうよくわかる。読んでよかった。
とにかく不老不死を望む中国の皇帝たち。
それだけ権力も凄まじかったのであろう。
武帝もまた不老不死を切望する。
武帝は欒大から「不老不死を得るには二つの方法があり一つは蓬莱に渡って神薬を得ること、もうひとつは封禅をすること」だと告げられる。
最初、武帝は「秦の始皇帝は封禅をしたというのに結局死んだではないか」と突っぱねたが次第に封禅への興味が強まってくる。
さらに欒大が泰山に入り込んでいたと知って謀叛を疑い拷問にかけて封禅の方法を白状させる。
武帝は寵愛する子侯という男性がいた。霍去病の息子である。
武帝は子侯ひとりを連れて自ら泰山へ登り封禅を行う。
それはひとりで最も愛する者を殺し古代の神の名を読んで生贄を捧げるという単純な儀式であったのだ。
武帝は子侯に剣を突きつけ古代の神を呼んだ。
封禅の儀式を終え武帝は家来たちと共に下山した。
子侯は死んだという。
「決して人前で己を鏡に映すな」と。
武帝がひとりのぞきこんだ鏡には子侯の顔が映っていた。
武帝はその後も封禅を行っている。
そして封禅の二十三年後、武帝は後事を子侯の叔父・霍光に託して死んだ。
霍一族はそのため大いに栄えたのである。
中国での不老不死への思いは強い。
日本人は不老不死に対する恐怖心のほうが強い気がする。
なぜだろう。
「篭中児」
わたしがあらゆる怪談の中で最も怖いと思いながら繰り返し思い出してしまうというお話である。
五行先生と阿鬼はいつものように連れ立って山路を旅していた。
が、道を間違えたかもう越えているはずの峠に行きつかない。
「はて」と考える五行先生に阿鬼は「こっちの道じゃない?」と言いながら曲がってしまう。
阿鬼が「先生」と言って振り返るとそこに五行先生の姿はなかった。
阿鬼は見鬼で普通の人が見えないものが見えてしまうのだ。
ここでも普通なら(五行先生でも)見えない亡霊の路を見つけてしまったのだが本人はそれと気づかずそのまま進んでしまったのである。
阿鬼は山の中の小さな村を見つけそこへ入っていく。
村人たちは阿鬼を見るとみんな優しく「うちにおいで」と出迎えてくれるのだ。
とりあえず張という男の家で休むことになる。
「うちには子供がいないからあんたが来てくれてよかった」というが出されたのは白湯だけだった。
阿鬼は部屋の隅に子供のおもちゃがあるのを見つけるが「去年の飢饉で死んだ」というのだ。
しかもこの村は毎年飢饉で食べ物はないという。阿鬼が弁当の残りがあるというと夫婦はそれをがっついて食べた。
阿鬼はまた篭を見つけ「あれはなに?」と訊いた。
「どうしてそんなことを聞くんだね?」と張は聞き返す。
その頃、五行先生は阿鬼がいなくなったのは大きな岩の前だと気づき岩を取り除く呪文を唱えようとした。
が「先生、術を使うのはお待ちください」と止める老人がいたのだった。
阿鬼は「この家なんだかドキドキする」と不安げに周囲を見渡す。
するとおもちゃがころころと篭の近くまで進んでいった。
と、篭から子供の手が飛び出しそのおもちゃを掴んだのである。
阿鬼は篭の中にばらばらになった子供を感じ取った。
慌てて張夫妻を捜しに行くと夫婦は台所で虫を探しては食べていた。
阿鬼は急いでその家を飛び出し村を歩きだす。
前方に篭を背負った男が歩いていた。
阿鬼が見るとその篭には童が入っていた。
「おじさん、どうして子供を篭に入れているの?」
振り返った男には目がなかった。
篭の中の童が奇声を発した。
「キアーーーーーーー」
阿鬼は逃げ出した。
村中の者が追いかけてきた。
「子供が逃げたぞ」
「捕まえた者のもんだ」
阿鬼は大岩のところで立ち止まった。
その時大岩から五行先生とあの老人が現れる。
老人は村人を𠮟りつけた。
そして「やれやれ見鬼の者は困ったものだ。鬼神にしか見えぬ道を見つけてしまうのじゃからの」ととりなした。
唐の末、黄泉が乱を起こした時、この地では飢饉が重なり皆飢えに苦しんだ。
この村ではついに耐えかねてある夜こうして子供を竹篭に入れて山中に集まり篭を取り換えて帰りその子を殺して飢えを凌いだのだという。
しかし先ほどの男は気づかず自分の篭を持って帰りやむなく自分の子を殺して食ったのだ。
それを見まいとして目をつぶって食ったので天帝に目を取られてしまったのだという。
さらに天帝はこの所業を憎み大岩で村を塞ぎ鬼神以外は誰も通れなくした。
それ以来この地は天からも地からも引き離され呪われた土地となり村人たちは同じ所業を繰り返すこととなったのだ。
ほかの土地がどんな豊作であってもこの結界の中だけは毎年同じ飢饉に苦しみ毎年子供を取り換えて食う定めなのだ。
彼らは人であって人でなく、鬼のようで鬼ではなく妖怪のようで妖怪でもない。
老人は土地の神で天帝の命令が守られているか見張る役を仰せつかっているのである。
それを聞いて阿鬼は泣きだした。
「どうした阿鬼」と訊く五行先生に阿鬼は「あのこたちがかわいそう」と泣き続ける。
五行先生は阿鬼を慰め「村人たちが子供を食った報いとは言いながら子供たちに罪はない。よし、わしが天帝に祈ってみよう」というのであった。
その夜、土地の神である老人がふたりの夢枕に立ち天帝からのお告げを伝えた。
「天帝は五行の奏上をもっともだとして子供たちを他の土地に生まれ変わらせ、村人たちは冥府に送って閻魔王のお裁きにお任せすることとなさった。
ただ子供たちは互いに取り換えられて食われるという運命にあっているゆえ生まれ変わっても凶暴な人間になる恐れがあるとされ蛮地にやることとなった。その数はちょうど百人」
その後、徽宗の代の末となり女真族の金が強盗となってきたから侵入し宋の血を荒らしまわった。
そのため山西や河北では人民は略奪に苦しみかつての黄泉の乱の時と同じような状態となった。
その中でも特に残酷に人々を殺して回った一団は年齢も同じ百人の若い族長に率いられ”百兄弟”と呼ばれて怖れられた。
彼らがある地方を襲った時、村にひとりの旅の男が立ち寄り村中の竹篭を集めさせ村の入り口に並べておいたところ、百兄弟はそれを見て何やら感じたようで何もせずに引きあげやがて金の地に去ったという。
旅の男は見鬼であったともいうがそれが成長した阿鬼であったかどうかは定かではない。
この一篇を紹介したくて「諸怪志異」感想を始めたとも言えます。
何度も読み返しては恐れおののきやはり凄い一篇だと繰り返し思わずにはいられません。
最初読んだ時は「なぜ食われてしまった子どもたちが凶暴な百兄弟になってしまうのか」と首をかしげもしたのですが今となると「そうなってしまうのは当然だ」と逆に不思議がった自分に疑問をもってしまいます。
阿鬼は自分自身がそもそもそうした貧苦から売り飛ばされもう少しで臓器を取り出されてしまうところを持ち前の見鬼能力で見破り五行先生に助けてもらったのですから子供たちに共感し同情する心を持っていたのでしょう。
五行先生はそうした阿鬼を通じて憐憫を感じたのがとても良いのです。
最後に登場する旅人が成長した阿鬼ではないかという描写がこの短い物語の中に時の流れを感じさせる素晴らしいドラマとなっています。
願わくば百兄弟もまたやがて幸福になってほしい。