大林監督作品、今まで上手く作られていると思っても一度も心底から好きになったことはなかったのですが本作は素晴らしかったです。
若者であるはずの主人公とその友を中年男性で演じさせるという手法が酷くしっくりいってしまうと感じたのは私が年を取っているからなのかは判断しかねますが私はまずそこがとても納得できてしまいました。
しかしその他の青年や美少女はそのままともいえるバラバラな年齢配置も人によっては文句がでそうですが私はどういうものかキャスティングが完璧だと思えたのです。
同時に奇天烈な演出、芝居がかった台詞まわしも本作においてはこれでなくてはならない、と思わせます。この悲しい時代を正気も保って作るにはこれでなくてはならなかったのです。
日本という小さな国が気が狂い戦争を重ねたあげくアメリカという巨大国と戦い始めるその前夜。
戦争を始めたためにあの幸福な日々がすべて奪い去られてしまったことを大林監督はまさに血を吐くような思いでこの映画を作ったのです。
本作はとんでもない長さですが思いを描くにはこの長さが必要だったのでしょう。
他のレビューでは「わけがわからない」「たいくつ」「つまらない」という言葉が多くて驚きました。
特別難しいものは何もなかったではありませんか。一つ一つの場面エピソードに監督の意識がはっきりとわかりますし非常にコミカルで楽しくまた悲しく切なくまったくあきさせない時間でした。
コラージュも不思議な色彩もこの世界を語るのに絶対に必要なものなのです。
私が特に好きになったのは長塚圭史さん演じる吉良です。
かつての物語には必ず彼のような人物が存在し主人公を導いていきました。
しかし何と贅沢な設定でしょうか。
主人公のお坊ちゃまのほほんノンポリ青年は吉良の知性に憧れ、鵜飼のたくましい肉体と高潔な魂に憧れ、阿蘇のひょうきんさにほっとし、美しい叔母や従妹やばあやの愛情に包まれています。
戦争によって彼はこの平和をこの美しい時間をすべて失ってしまいました。
なんという愚かな人間だったのか。
彼は行動すべきでしたがなにもしませんでした。
無邪気なバカな子供でした。
そしてなにもわからないふりをしていました。
私たちが存在する今現在もまた不安定な幸福の中にいます。
考えなければならないこと、行動しなければいけないことが様々にあるのです。
新型コロナウィルスとどう向き合っていくか。
東京オリンピックはやめなければいけない。
原発はやめ新しい発電を検討しなければならない。
様々な差別をなくし平等でなければならない。
苦しむ人、弱い人を助けなければならない。
そうしてすべての人が幸福になるように努力していく。
それがなければ私たちはこの主人公と同じようになってしまう。
大林監督の切ない遺志を受け継がなくてはならないのです。