
2巻に突入。
ネタバレします。
記事を書くために読み返すとそのまま夢中になって読んでしまう。
なんというか途切れなく物語が続くので止められないのだ。
しかしそう言ってるとここを書けないので必死で止めた。
地球人との戦争で地球人を憎みながら地球で成長した火星人セイはその十年間故郷の火星を想い続けてきた。
火星に戻ることが彼女の夢だった。
それがエルグという謎の異星人の出現であっさりと火星に帰郷することになる。
しかし火星に戻ったセイはそこを占拠した地球人もまた火星人との戦いで酷い仕打ちを受けていたことを知り、さらには火星人の仲間から「おまえは禍を呼ぶ」とされ殺されそうになる。
また火星で生まれる地球人の子どもたちもまた火星人であることに気づく。
そもそも自分たちも火星に流刑された地球人の子孫なのだ。しかもその三世、四世そしてセイは五世代目でしかない。
仲間たちから追い出されることになったセイはシラサギ・ヨダカ兄弟に守られるがシラサギは直後にクロバによって殺される。
そしてそのクロバはセイを殺せという命令を受けている。
セイはクロバとの戦いに勝ち今度は自分を救ってくれたエルグを救うためにあえて火星人を憎悪している「ペーブマン」の組織の中に侵入する。
というのがここまでの流れ。
しかしエルグを救おうとするのはペーブマンの罠だった。
ペーブマンは火星人との戦争で「自分の美しい指」を吹き飛ばされたという私怨を持っている。
ペーブマンはセイを地球に運びながら徹底的に生体解剖するつもりだった。
が、ここで登場するのがアン・ジュール女史だ。
彼女は地球人の公認エスパーであり、超能力を持つ子どもたちを集めているESP研究所の一員だった。
アン・ジュールはセイに興味を持ちペーブマンからセイを奪い取ってしまう。
セイは疑惑を持ちながらも自分と同じような超能力を持つ地球人の子どもたちには共感せざるを得ない。
そしてその中に火星人の一世代目であるピアンがいた。
一世代目の超能力は弱いがセイにとって火星人であるピアンは特別な存在なのだ。
アン・ジュールはセイの気持ちを感じ取りセイに仲間として認めてほしいと考えている。
セイもまた地球人のエスパーたちを見て「これからは講和を考えねば。戦いを望む時期ではないのだ」と考え始めた。
とにかくすぐに戦争したがる本作、なのだが地球の歴史、今もなお続く争いの構造を見れば地球人とその子孫でしかない火星人がなにかあればすぐ争いになるのだ。
一方、ヨダカとクロバは一時停戦し組んで地球へと密航しエジプト・カイロに着陸した。火星とあまりに違う環境に戸惑いながらもセイを探し出そうとしていた。
(いやあ、大変だ)
ふたりはここでラバーバという男と出会う。
この出会いが唐突でイマイチよくわからないのだが、まあそういうものなんだろう。
なぜかラバーバはペーブマンの存在を知っておりヨダカたちに好意を持って白い髪を染めるように忠告してくれる。
ここが二人の馴れ初めだと誰が予感しただろうか。そんな人はいないと思う、がBL的な予知をした人はいたかもしれない。
そしてもう一方、セイを突然失ったサンシャインと源は寂しさのあまりふたりつるんで語り合っていた。セイの養父までが姿を消していた。
そこに「カッパ」と名乗る謎の少年が現れふたりにちょっかいを出す。
サンシャインはカッパがエスパーであると見抜きセイを探りに来たと考えた。
確かにカッパはアン・ジュールが所属するESP研究所のスパイだった。
エルグの痕跡を調査しに住んでいたアパートに来たのだがその際にカッパは美しい容姿をした男がエルグの部屋から出てきたのを目撃する。
ESPであるカッパはその男が異星人であることを察知し何か恐怖を感じたのだった。
さて火星人ヨダカはラバーバに地球がどんな場所なのか地球人はどのように考えるかを教えられていく。
ラバーバには超能力がないのに自分が考えていることが悟られるのを何故かと問うとラバーバは「顔に出る」と答えヨダカはハッとする。
この様子を見ていたラバーバのボスはいつも無口な彼が火星人と気の合うタイプだったのかと笑う。
ううむ。このエピソードを見ればやはり交流というのは個人的なことでしか成り立たないのだろうな、と思う。
だからと言って小競り合いも生まれるのだが。
この後、ヨダカはクロバと共にセイの養父、徳永博士に会いに行く。
(なんと徳永博士、エジプトに来ていた)
しかし徳永博士は幻覚剤をとり続け夢を見続けていた。
そして青酸カリを飲み自殺する。
ヨダカは死の間際の思考を読み、博士とセイの出会いがわかった。
しかしヨダカはそのまま博士の死に引きずられ意識を失ってしまう。
クロバは彼の意識を呼び戻せるのは百黒老かセイだけだとラバーバに告げる。
『スター・レッド』の面白さがどこから来るのか、いまだによくわからない。
というか萩尾望都の作品が何故面白いのか、誰か説明できるのだろうか。
ありがちな設定、それは主人公に対する巨悪と戦うことだが萩尾作品では巨悪は存在しない。いわば主人公以外が巨悪というか誰が悪でだれが善なのか、誰が敵で誰が味方なのかそれは絶えず微妙に変化していく。その変化自体が面白いのだろう。
しかしどう考えたってそんな変化を描いていくのは非常に難しいことではないか。
様々な人物の様々な変化が巧妙に描かれていく。読む方は楽しいがどうしてそんなことができるのだろう。