ガエル記

散策

『岸辺の旅』黒沢清 その1『はちどり』との符号

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録画したものを寝かせたままになっていてからの鑑賞でした。予備知識がなかったのですがこれも私的には『SonnyBoy』関連映画と言えそうです。

そのつもりではなかったのに求めていると呼び寄せてしまうことが多々ありますね。

 

 

ネタバレしますのでご注意を。

 

 

 

思えば現実世界と別の世界を行き来する物語にとても惹かれているからなのでしょう。

「死んでしまうとPCの電源が落ちた時の様にプツリと終ってしまうものなのだろう」と私は思いながらもどこかで「しかしもしかしたら魂は別の世界へ移動するだけで時として今の世界に入り込んでみたりするのかもしれない」という考えを捨てきれずにいます。

もちろんその考えを持っている人が多いからこそ幾多の作品でそうしたイメージが描かれ続けているわけです。

 

本作はそうした思いがこれ以上ないほどに美しく緻密に描かれた映画だと思います。

主人公・瑞希(偶然だろうけど『SonnyBoy』の瑞穂と希が合わさってる)はピアノ教師をしている女性ですがその教え方が生ぬるいと生徒の母親から皮肉を言われても毅然と言い返せない気弱さがあります。

 

彼女が自宅で白玉団子を作った時突然部屋の中に男性が現れます。

それは三年前に行方不明となり死んだのではないかと思われていた彼女の夫・優介でした。

 

優介が靴を履いたまま部屋に登場するのがほんとうに突如現れた幽霊なのを表現しています。しかし彼は白玉団子を美味しそうに平らげてしまうのでした。

その後も白玉団子は優介を召喚するアイテムとなります。彼が現れる時は風が大きくカーテンをそよがせるのでした。

 

この風の音、自然の光、自然に起こる様々な音が映画のなかでいつもざわめいているのがとても心地よく美しいのです。

そしてそれらが突如不自然な暗さになり音がなくなるのです。

それが別の世界とつながった合図となります。

 

幽霊となって現れた優介はいろんなところへ行かねばならないと告げて瑞希に一緒に行かないかと誘うのでした。

その旅で瑞希は今まで知らなかった夫の姿を見ていくのですが同時に彼女自身も変化していくのです。

 

三年前姿を消してしまった優介を待ちわびていた瑞希は彼を愛し欲していますが優介自身はその心がつかめないような不思議に奇妙な男です。

彼の死は突然の病にかかってからの失踪と自殺だったというのは語られますがその心理がどのようなものだったのかはわからずじまいです。

優介の行動は他の作品によくある、瑞希を心底愛しているために悲しませたくなかった、などというのでもないようです。しかも瑞希は彼の失踪後に彼が仕事場の女性と浮気していたことを知り、幽霊になった優介にうっぷんをぶつけます。

 

この瑞希の言動はこの作品で初めて彼女が見せた「抵抗」なのです。

 

それまでの彼女はピアノのレッスンへの苦情にも黙ったまま、優介との旅で最初に出会った男性から聞いた「傷つけられる言葉」にも黙ったまま、でした。

その瑞希が優介と関係していた女性と会って対決をする決心をします。

浮気相手に「勝利宣言」しようとした瑞希は逆に彼女のしたたかさに打ちのめされてしまいます。

しかしその敗北で瑞希は優介との旅を続けるのです。

 

その後訪れた山村でさらに優介は不思議な姿を見せます。

優介はその村で先生と呼ばれていて集会で宇宙の真理について語り皆がそれを真剣に聞くのです。

その場面が凄く面白くていいなあと思いました。

ある意味インチキ商法のようでもあるのですが、そういうものなのかもしれません。

 

この村の滝のそばで瑞希は亡き父に出会います。

端正な顔立ちにはっとしたのですが彼はバレエダンサーの首藤康之氏でした。確かにこの佇まいは単なる俳優では表現できない気がします。

そして瑞希はここではっきりと「自分はだいじょうぶ」と伝えるのでした。

 

夫・優介との別れは少しずつ表されました。

第一の旅で会った新聞配達店の店主は幽霊でありながらなお仕事を続けていましたが次第に体が思うようにならなくなります。

まず指先が動かなくなっていくのです。そして優介もまた手作業中に少しずつ指が動かなくなるのを知ります。

 

ここで私は突然はっとしました。つい先日観たばかりの『はちどり』と本作がとても似ているのです。

『はちどり』は思春期のまだ幼い心の少女の物語で『岸辺の旅』はほぼ40歳前後の成人女性、人生の半ばを迎えた頃の物語というべきでしょうか。しかし本作の女主人公は自分がどう生きていくべきか迷う未発達の存在でもあります。

本作では夫・優介が動かなくなる指をじっと見つめる場面があり『はちどり』では少女の先生が落ち込むとき「自分の指を動かしてみるの」と見つめる場面があります。

そういえば本作が自然の光と風を感じさせるのと同じように『はちどり』もまた光と風が印象的な映画でした。

更に言うと『はちどり』では少女が「書道教室」で先生と出会い文字の勉強をしますが本作では行方不明の夫を探すために瑞希が慣れない筆文字を百枚書くという奇妙な類似があります。

そして『はちどり』で大切な人が橋の落下で水死し、本作は優介が自殺によって水死しています。

この不思議な暗号の一致はなんでしょうか。

たぶん「指・風と光と影・文字・水」というものが生と死を暗示していることから起きた偶然だと思います。

 

そもそも『岸辺の旅』と言うタイトルが水際を思わせます。

死と水は非常に近しいものに捕らえられます。それは人間が水の中では生きていけないけど水がなくても生きていけないからでしょう。

 

優介は遠い海で死にました。そして滝の中に別の世界への入り口があり瑞希はそこから優介が来たのでは、と感じます。そしてさらにそこから亡き父が現れるのです。

 

wikiで知ったのですが主演の深津絵里さんの母は書家だということですね。もう亡くなられているのですが逝去されたのは本作が作られ受賞した年と近しいのは深津さんにとってどんな気持ちだったのかと考えさせられます。

しかし本作で優介から「下手な字だな」と言われてしまうのですがきっとご本人は達筆なのではないでしょうか。推測だけですが。

 

もう少し書きたいと思います。