『闇の土鬼』とはいったい何なのだろうか。
ネタバレしますのでご注意を。
雪山で柳生十兵衛と対決することになるも触れ合う前に十兵衛自身が土鬼との戦いを想像し勝負の難しさを予感して取り止めてしまう。
十兵衛は策略を講じて血風党四天王のひとり鉄牛の一派を潰したものの鉄牛との戦いは土鬼によって成される。土鬼は無明斎に言われた通り四天王を倒していく。
四天王最後のひとり才蔵との戦いも土鬼は十兵衛からもぎ取るようにして打倒してしまった。
十兵衛は土鬼の敵ではない。
無明斎と血風党を倒すという同じ目的を持った者同士ではあるが馴れ合うことなく進み続けてきた。
エッチすぎるぞ十兵衛。
十兵衛の周りのモヤモヤは何を意味していると解すべきなのか。
ここに至ると十兵衛と土鬼の間に他の者には知り得ない特別な関係が成り立っているのだ。「いつ寝首をかかれるか」・・・意味深すぎるではないか。それに「こいつ」と短く答える十兵衛はどこか嬉しそうだ。意味が解ってる!わかってるからモヤモヤとした念が出てくるのだ。
常にそうだと言っていいのだが横山光輝のマンガには女性がほぼ出てこない。
本作は際立ってそうだと言える。
その代わりに少年・土鬼と男性たちとの濃厚な関係性が描かれていく。
横山氏はそのことを意識して描いていたのか。それとも年若い主人公が戦うこととなる強い敵を描いていけば自然にそうなってしまっただけなのか。
後者のような気はするがそれも含め面白い。
一旦死んだとも言える乳飲み子を譲り受け育てたのは大谷主水という脱血風党の男である。
描かれたのはごくわずかな回想場面だけだが土鬼による「芸術作品を作るように俺を育てたのだろう」という言葉からその深い関係性が伺われる。
横山作品では少年主人公と同年の友人よりも大人の男性との交流が描かれることが多いが本作は極端な傾向にある。
霧兵衛、柳生十兵衛、血風党党首・無明斎までも土鬼の優れた能力を認め味方の反論を逆らってまで土鬼を救うという場面が幾度も出てくる。
これらの表現が奇妙なエロティシズムを感じさせてしまうのを横山氏は狙っていたのかどうなのか。
本作では男同士の戦いが性交の意味を成していると言い切りたい。
作者はほかのもろもろをできるだけ排除してそのメタファーのみを抽出しているかのようだ。
養父・大谷主水との修行にせよ血風党に属する男たちとの戦いにせよ美しい少年土鬼がそれらの交わりを経て確実に強い男となっていく様子は性交の意味を含んでいるというのではなくまさにそれであるとしか思えないのだ。
土鬼が持つ七節棍は修行によって長く伸びそして元に戻るという。
武器というものはそもそも男性器にたとえられてしまうものだが本作の登場人物が使う武器を本人のそれと考えれば納得してしまう。
土鬼の石つぶては修行によって他の者より強くめり込む。その若々しい身軽さを年かさの男たちが褒めたたえるのもそのためだ。
前回、「なぜ横山光輝は土鬼に七節棍を与えたのか」と問うたけどその答えは「男性器だから」ということなのだ。
柳生十兵衛は初めて土鬼を見た時からその姿に惚れ込んでいる。
「今なら倒せるかもしれないが二年後にはわからない」
今なら攻められるが二年後には受けるってこと?
よくわからん十兵衛である。
大体なんだよこの柳生十兵衛。
血風党と土鬼の戦いに「俺も混ぜて」とばかり入り込んできているし。ただたんに土鬼から離れたくなかっただけじゃないのか、と言いたい。
無明斎も無明斎で「四天王を倒してわしと戦え」とかあっちでもこっちでも土鬼の気を引いてるとしか思えないではないか。
雪山で雪崩に遭った一同。
十兵衛は生き残ったもうひとりと進むがそこに土鬼がいた。
えーと十兵衛の心境やいかに。
土鬼は十兵衛とその連れに声をかけ熊の肉を分け与える。
わかったわかった。十兵衛きみがどんなに土鬼が好きかわかったよ。
褒めちぎる十兵衛。
次ページでもまだ褒めてる。
かくして土鬼は無明斎の屋敷に到着する。
モテモテの土鬼である。
土鬼はこころなしかむっとしてるけど。
無明斎は「一時でも時間が惜しい」と言ってそのまますぐ土鬼とふたりきりで修業場にこもって手練手管のすべてを見せるのだった。
うう。あまり想像したくない。(性交だからね)
性交もとい修行は明朝六時からまた始められる。強いな無明斎。
そしてついに無明斎が倒れたのだった。(てことは?)
しかしここで柳生十兵衛が到着したと知らされ無明斎は皆の者に「血風党解散」を宣言した。無明斎は十兵衛に倒されることも覚悟している。
もう一度書くけど本作において「男同士の戦いは性交」
それを踏まえて次の頁をごらんいただく。
十兵衛おまええええ
最初からその気だろうぅぅぅ
そしてふたりの戦いが始まる。無明斎と十兵衛の門弟の前で。
十兵衛は柳生流の秘太刀「兜割り」(いちいち卑猥なんよ)を土鬼に仕掛けた。
土鬼はこれを見破り七節棍で受け止めたのだ。(いちいち卑猥なんよ)
そして十兵衛に突きを与え戻した七節棍で打とうとして止めた。
こ、これは屈辱では。
無明斎は「おまえが破った男は日本一の剣豪と言われた十兵衛だ」とたたえた。
よかったね門弟。
無明斎は己の武芸のすべてを土鬼に伝え自害し城に火をつけた。
そして十兵衛も去り土鬼も姿を消した。
すばらしい男同士の戦い(性交)の物語だった。
横山作品の中でもここまで純粋にそれを描いたものはないのではないか。
男同士の戦いはエロティシズムだが肉体が離れていくほどやはりその傾向も薄れていく。
肉弾戦、剣や近距離の銃でならそれを想起させても現在のドローン攻撃ではそのエロティシズムは失われてしまう。
『闇の土鬼』という男たちが生身でその肉体を傷つけあい破壊し合う世界だからこそあり得るエロティシズムなのだ。