1955年6月号「オール讀物」(元タイトル:赤い籤)
酒井順子『松本清張の女たち』の中に取り上げられていた作品で収録されていたのがこの本だった。
ネタバレします。
1944年戦中から1945年戦後にかけて朝鮮を舞台にした物語、なのは松本清張自身がちょうどその頃朝鮮で軍役についていたからだろう。
戦中の朝鮮は日本統治下であるが日本が敗戦した途端に戦勝国となる。
支配者であった日本軍部がその時を境にしてアメリカ軍への「おもてなし」を考えるという無様さが描かれる。
私は子どもの時から素直に「カッコイイヒーローたち」に憧れてきた。
ほとんどが男性(男子)であった。
か弱い女性(女子)を守って戦う姿に憧れていたが実際の戦争の中ではそうではなかったのだと知ったのはかなり後だった。
戦中、軍医の末森と参謀長の楠田は日本統治下の朝鮮にひとり住む出征軍人の若き妻塚西恵美子に恋をする。その恋は憧れのようなものであった。
塚西恵美子の美貌と高い教養に崇高な思いを持って接していたふたりの男の姿が描かれる。
が、1945年8月15日の玉音放送で状況は変化した。
朝鮮は戦勝国となり今まで支配していた日本軍はすべての力を失った。
参謀長・楠田は日華事変で勝者の欲望がどんなものかを見てきた。
京城からアメリカ兵が来ると聞き楠田は取り憑かれたように「どのようにして勝利者たちをもてなそうか」と考えた。
いや、歓待の方法はわかっていた。かつて日本軍隊が中国で行ったと同じやり方をアメリカ兵に与えればいいのである。
つまり日本兵が戦いの先で求めた”慰安婦”をアメリカ軍に提供し、将校は戦犯を許してもらおうというのが楠田参謀長の狙いであった。
かくして楠田参謀長は速やかに人選を始める。
朝鮮人はもう選べないのだから日本婦人の中で「未婚、二十歳以下、病気・妊婦・障碍者」を除き四十歳以下として百人ほどから二十人を「くじ引き」で選出するのだ。
その時、楠田はその条件の中に塚西美恵子が含まれることに気づく。うっかりしていた。
だが時すでに遅かった。
塚西美恵子は「赤いくじ」を引いてしまったのだ。
ところがアメリカ軍は何の要求もしなかった。
すべてが拍子抜けだった。
選ばれた二十人の慰安婦には何もなされなかった。
が、ここから不思議な心理が働きだすのだ。
日本人たちは選ばれたが何もなかった二十人の慰安婦候補(?)たちに異様に意地悪な態度を示し始めるのだ。
中には夫と同伴の女性もいたが夫たちは妻に冷たく当たり口も利かなくなったという。
彼女たちはただくじ引きでその不運に当たっただけなのだ。
もしかしたらアメリカ兵たちにセックスの相手をしなければならなかった。もしかしたら酷い方法だったかもしれない。
そして結局何もなかった。
その彼女たちに対し周囲の者は感謝されても良い筈だったが、と清張は書く。
しかし与えられたのは冷たいまなざしと軽蔑だったのだ。
何故と思ってしまうが答えは単純なものだろう。
一部の女性たちを犠牲者にして自分たちは逃げ延びようとしたことへの羞恥が「その人たちを軽蔑する」という捻じれた心理になったのではないか。軽蔑することで「私たちは悪い人間ではない」と安心できたのだ。
そして塚西美恵子を女神のように崇めていた末森軍医は「この女は売春婦として扱っていいのだ」というこれも謎心理を生み出し彼女を連れ出す。
楠田参謀長はこれに気づき後を追って末森に撃たれ死ぬ。
末森も自身の額を打ち抜いて死ぬ。
この奇妙な人間たちの心理を他に描いたものがあるだろうか。
そして「愛する者を守るために俺は戦う」といった台詞は平和な時にだけ興奮を持って発されるのだと確認した。
これは清張自身が見聞きしたことなのだろうか。