ガエル記

散策

正義の人へ

面倒なことばかり書き始めたのですが「ではお前はどうだ」と言われたら自分自身はまったく「優しい人」ではないのです。

ほんとうに心優しい人っているのですが、自分はその正反対でほんとに思いやりの少ない人間なのですね。だからこそ心がけて良いことができないものかなと思います。

社会を見ているともっと良くできる気がするのにそのことに気づかなくなってしまって無関心・無感動になってしまっていることが多くあるように思えるのです。

 

そして今「正義の味方」というと登場するのは「正論おじさん」なんですね。

「ここはこういう規則がある」「人の迷惑になることをするな」と言って周囲をつつきまわす。別に「正論おばさん」がいないというわけではないけど、この「正論」を振り回してくる人は圧倒的におじさんが多いように思えます。

先日話題になったのが店の前の歩道にまで物を置いていることを戒める正論。いいんですけど、その正義の心と持ち時間があるのであれば子供たちに危険がないか見回ったり、電車などで痴漢被害を受けてしまう女学生を守ってあげたりする「正義の味方」になってはくれないだろうか。

なぜかおじさんの正義はごみ拾いや掃除、或いは弱い人を助けるような方向ではなく自分がカチンとくる人を罵る方向へと走るのですよね。

おばあちゃんの荷物を運んであげたり、子供たちの登下校を見守ってくれるほうがはるかに正義だと思うのですが、なぜかそちらの方へは意識が向かないのが謎です。

女・子供を守るより男の尊厳を守ることに正義があると思い込んでいる。

 

「正義の味方」というのは「弱気を助け、強気を挫く」だとずっと思っていたのですがおじさんたちの正義は自分たちを守ることだけの正義なのです。

 

世の中の男性諸君。そこに力を働かせるより弱き人の手を取って共に歩いてあげませんか。そうすればもっとみんなから尊敬されると思います。