ガエル記

散策

『月に咲く花の如く』その11

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52話まで鑑賞しました。

ここにきて初めて物語と脚本に疑問を感じてしまいました。ドラマにはありがちなことではありますが。

 

 

ネタバレしますのでご注意を。

 

問題は51話です。

ここで周老四が呉家東院から出て旅立ちたいと言い出します。周老四は自由な人なのでこれはまったく問題はありません。またふらっと戻ってきてももしくは旅立ったと見せかけて遊び歩いていたとしてもいいのですから。

周老四を見送った周瑩は帰り道で呉聘の墓に寄りそこで胡咏梅を見かけます。

 

周瑩は気がかりがありました。

以前毎日のように呉聘から棗餅を買ってきてもらい食べるのを楽しみにしていました。ある日周瑩は思い出の棗餅を食べようと店を探すのですが主人はずっと前に店を人に売り渡したというのです。しかもその相手が胡咏梅だったのでした。

呉聘が死んでしまったあの日、つわりの為に周瑩は大好物の棗餅が食べられず甘いものが苦手だった呉聘は周瑩にすすめられて食べていたという事実がありました。

これはいったいどういうつながりになるのか、ということです。

 

呉聘の墓の前で周瑩は胡咏梅を問いただしついに胡咏梅は真実「あの日呉聘が食べた棗餅に入っていた毒物は胡咏梅が周瑩を殺すためにしかけたものだった」と白状します。

しかし胡咏梅はなおも「悪いのは私ではなく周瑩よ」と言って棒で殴りかかります。そこへ助けに入ったのが周老四でした。

彼はため込んでいた盗品を取りに戻ってきたのです。

しかしその盗品の中に短刀があり胡咏梅はその短刀でさらに周瑩を切りつけます。周老四は周瑩をかばって刺され死んでしまいます。

そして胡咏梅も自らを刺して死んだのでした。

 

ううむ。

これは因果応報、ということを表しているのでしょう。

胡咏梅は婚約者を奪われたと妬みその女を殺そうとしたために逆に愛する人を殺してしまった。

周老四は盗んだ短刀で殺されてしまった。

その理屈はわかりますが観ている間は何ともやりきれない気持ちになりました。

最初に初めて疑問を抱いた、と書いたのはそういうわけです。

きっちり話をつけたい、という意識も強いのでしょう。そこが面白いところではあるのですが大好きな周老四がこんな結末になってしまうのは残念でした。しかしやはり盗みはいけない、ということですね。

胡咏梅ももっと違う形で終わると思っていました。

しかしやはりこれは因果応報として決着されてしまうのが妥当なのかもしれません。書いている間になんとなく自分で気持ちを解決してしまいましたw

疑問を持ったのは確かなのでそのままにしておきます。この終結こそがこのドラマの持ち味なのでしょう。

 

 

さて一区切りがついてしまった周瑩は周老四の最後に言っていた「沈星移と結婚しろ」という言葉にも後押しされついに沈星移がいる上海へ向かいます。

西洋化し賑わう上海でふたりは再会し西洋文化を楽しみます。

ところがそこにまたもや暗雲が近づいてくるのでした。