ガエル記

散策

『美少女を食べる』諸星大二郎 その2

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昨日の続きです。

ネタバレしますのでご注意を。

 

 

「月童」「星童」

「ユエトン」「シントン」と読みます。

諸星氏の中国ものはまた特別に好きなのです。

本書のタイトルは『美少女を食べる』ですが分量としては前後編になることもあってこの「月童」「星童」のほうがタイトルにふさわしいかもしれません。

もちろん『美少女を食べる』というインパクトのために選ばれているのは納得です。

 

諸星中国ものを読んでいると原作はなんだろうと思わせてしまう力があります。これも氏の創作に違いないのですが、「こんなこと思いつくだろうか。どこかに原作元ネタがあるはずだ」と疑ってしまうのです。

 

それにしてもこの主人公は幸福です。科挙に受からなくとも生涯食べていけるだけの財産はあったのですから困ることはありません。

阿片を吸い続けて年老いていけたのですから長い一生を夢の中で過ごせたわけです。そしてなお最後まで可愛らしいユエトンとシントンをそばに置いておけたのですからこれ以上の幸福はないでしょう。

 

巻末解説で「紅夢」が影響していると書かれていたのはとても共感できました。私もあの映画を観たせいで清朝の封建的な屋敷では何が起きても不思議ではない、というような幻想を持ってしまっています。世界中のどの時代よりも清朝の特権階級ほど隠微なものはないと考えてしまうのです。だからこそ革命が起きたのでしょう。

 

「美少女を食べる」

さて本作の表題作品です。

とても興味を惹く衝撃的なタイトルです。同じタイトルで様々な作家に書かせて(描かせて)みたらいろいろな作品を楽しめそうでもあります。

諸星氏は極めてトリッキーな作品を描きました。

なにしろタイトルは『美少女』なのに作品中に生身の美少女は出てきません。出てくるのは写真だけ(絵で描いた写真ですし)です。

登場人物は髭面のおっさんばかり。

表紙は手前にやや顔が隠れた美少女らしき姿がありますが作品では後ろのおっさんしか出てこない、というわけです。(若干年配女性は出てきますが食べられませんよ)

これは原作というよりこういう事実があったかも、と思わせてしまいます。

 

「アームレス」

しかし本書で一番感動したのはこの作品でした。

最後の「これが正しい形なんだわ」には泣いてしまいそうでした。

巻末解説には日本昔話「手なし娘」が原案とあります。この話は知りませんでした。というよりもしかしたら読んでいたかもしれませんが記憶になっていなかったというのが正しいのかもしれません。

日本昔話では手を切られ子供を背負って出ていった娘が川で子供を落としてしまい子供を救おうとあがいた時に手が突然生えてきて子供を救えた、となっています。

グリム童話にも似た話があるのですが諸星氏の話はあきらかに日本昔話のほうなのです。

この昔ばなしからの連想も様々な形でできそうですがSF仕立てにしてしまうのが諸星風味です。しかもこんなにも感動的なSFになってしまうのも他の作家では出ない味わいに思えます。

多くの人に読んでもらいたくなる一作品です。