ガエル記

散策

『王妃マルゴ』萩尾望都 その1

「月刊YOU」2012年9月号~2018年11月号→「Cocohana」2019年1月号~2020年2月号

 

16世紀フランス。

後に王妃マルゴとなるマルグリット・ド・ヴァロワの一生が描かれる。

カソリックプロテスタントの対立が軸となる。

 

 

ネタバレします。

 

 

王妃マルゴマルグリット・ド・ヴァロワ

特に西洋歴史を学んだことのない一般日本人としては聞き及ぶこともない名前ではないか。

私はまったく知らなかった。

彼女の母、カトリーヌ・ド・メディシスであればうっすらと聞いてはいた。

それはたぶん彼女の夫であるアンリ2世と彼より18歳年上の愛妾ディアーヌのエピソードで知っていたのだが。

正妻との間に9人もの子供をもうけながらアンリ2世は死ぬまで18歳年上の愛妾を愛し続けたという(その間に子は成されなかった)

極めて政治的な女性であったカトリーヌを母として生まれたマルゴは対称的に極めて性愛的な女性である。

ここで長く書いてきた「萩尾望都シリーズ」において最初の頃何度も繰り返し書いていた「萩尾望都ヒロインは”美しさで男性たちを翻弄していく”のだ」を持ち出すことになる。その美しさは聖女的なものではなくあくまで性愛を誘う美貌なのである。

そしてこれまで何度も繰り返し描かれてきてこの数年やや穏やかに家族愛を描いてきた萩尾望都がこの作品でまた「親に愛されなかった子ども」を描きだす。

歴史物語では様々なヒロインが数限りなくいたはずだ。

なのに萩尾望都が選んだヒロインはまたも「親に愛されなかった子ども」であり「エロチックな美しさで男たちを翻弄する女性」であった。

 

 

マルゴはひたすら「性愛に生きた女性」である。

母カトリーヌは幼い頃からふたりの兄を惹きつける魅力をマルゴに見てとり何度も𠮟りつける。

宮廷一の伊達男と謳われたアントワーヌ(ナヴァルのアンリの父)にマルゴが流し目を送りながら「あなたと結婚したい」と皆の前で言った時は腫れあがるほど尻を叩いた上に「清らかであるか」調べさせた。

処女の印が重要だった。

 

マルゴはやや傲慢で奔放なアンリ・ド・ギーズに強く惹かれていく。

アンリ・ド・ギーズの父はバラフレ(向こう傷)で有名な勇敢な男だったがユグノー戦争でコリニー提督の刺客によって死亡する。

息子アンリは自らの顔に向こう傷を作り父の仇を討つ決心を表した。

(実際はマルゴの兄アンリに切ってもらうことになっている)

この場面は本作中もっともセクシーなものになっている、と私的には思う。

 

第一巻で最もミステリアスで印象的なエピソードはやはり最後に描かれたノストラダムスの予言ではないだろうか。

まず母カトリーヌが彼の元を訪れ占いを求める。

ノストラダムスは不思議な「回転する鏡」を持ち出しカトリーヌの前に置く。

そこには息子でありその時の国王であるシャルルの顔が映っている。

その鏡がくるくると回り出す。映る顔が変化する。

14回回転した。「14年の治世です」

次に映ったのが同じくカトリーヌの息子のアンリ。

15回回転する。「15年の治世です」

次に映ったのはナヴァルの王子、アントワーヌの息子のアンリだった。

 

カトリーヌは礼を言って去りながらノストラダムスを殺そうと考えた。

 

さらにノストラダムスはマルゴの部屋に行き彼女を占う。ノストラダムスはマルゴを一目見て「あなたは強い」と伝える。

今度の占いはタロットカードと小さな名前の本である。

マルゴはノストラダムスに言われる通り本の頁を開く。

三回開いて三回とも「アンリ」だった。

「三人のアンリがあなたをとりまいています」

ノストラダムスは年老いた指でカードを差し出しながら告げる。

「あなたの恋人の名は”アンリ”」

「あなたの結婚する相手の名は”アンリ”」

「そしてあなたの敵の名は”アンリ”」

「それではどのアンリだかわからないわ」と答えるマルゴにノストラダムスは「それはあなたがこれから見つけるのです」と告げた。

 

自由奔放な愛に生きたマルゴの物語の始まりである。