ガエル記

散策

「この世界の片隅に」こうの史代・片渕須直 その2

 

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昨日は台風のせいもあってテレビ放送された本作をもう一度見直していました。そうして台風の中ぼんやり考えているとこの物語が様々に思われてきました。

そこで今から書くのは「その1」とはまったく違った文章になりそうです。

 

この物語はちょっと不思議な始まりをします。

すずが妹にマンガのようなものを描いてあげて喜ばすのですがそれが本当に体験したものなのか、ぼーっとしている自分が見た夢か空想のようなものか判らない「化け物との出会い」という始まりです。

作品は太平洋戦時中の広島と呉を舞台にした普通の人々の生活、という地味な話です。まだ10代の後半でしかない少女・すずが突然の嫁入り話で実家のある広島市から呉市にある北條家に嫁ぐことになります。横暴な兄にいつもどやされ「ぼーっとしている」とばかり言われるすずの特技は絵を描くことでした。他にも手先が器用なことが挙げられます。

一見戦時中の庶民の当たり前の生活を淡々と描いた物語、というだけに思えますが、そんな物語の最初にどうして化け物に連れ去られそうになった、というエピソードが描かれたのでしょうか。そして連れ去られそうになったすずはこの化け物の篭の中で未来の夫・周作と初めての出会いをしています。「化け物の晩御飯として食われるようだ」という周作の言葉にすずは機転を利かして商売ものである海苔を使って「夜の星が見える望遠鏡」なるものを作り上げ「夜になると眠ってしまう特性」を持った化け物を寝かしつけ逃げ出すのです。

 

それから語られる話はまったく真面目で素朴な庶民の生活なのに、この出だしはちょっと不思議です。

ところが改めてこの物語を見ていて他の方のレビューを思い出しました。

「うちの母などはこの映画を観て『昔は嫁にこんなにやさしいことはなかった』と言います」「嫁ぎ先の人たちが優しい人ばかりでよかったね」

ごく平凡な地味な話と思って観てしまいますが、この物語自体が「あり得ない世界」だったのかもしれません。

 

この物語の中ですずは子供ができません。しかし嫁ぎ先の人々はこれをとがめだてしないのです。もしかしたらこんな不思議な話はないのかもしれません。

 

北條家が急いで嫁を貰いに来たのは戦争が始まったためでもあるでしょう。

後継者である周作にもしものことがあったらいけないとさらに次の跡継ぎを作るために若いすずが選ばれたのに戦時中で食糧難のためかすずは子供をすぐには授かれませんでした。

それだけでなくすずは義姉のむすめ・はるみの面倒を見ている最中に落とされた爆弾に気づくのが遅れてはるみを死なせてしまいます。

はるみは北條家にとって次世代の血筋でもあります。日本は婿取りもあるのではるみが生きていればその可能性もあったわけです。

すずは二重に責任を果たせず大切なものを失わせたのです。

 

しかし北條家の人たちは(娘を奪われた母親の嘆きは別として)後継者を損失して自身も産めないことを責めません。

嫁として重大な過失にすずは逃げ出すことを考えますが周作がすずを抱きとめてしまいます。

これはあり得ないことなのではないでしょうか。

 

この物語は普通の計算された話と違って物語がよく読み取れないもののようにも思えます。

しかし現実の生活は計算されて進むわけでもなく人の心もまた同じです。

 

化け物によって出会った二人は「ずっとそばにいる」という思いを一つにした時再び化け物に出会い、化け物は何も言わず去っていきます。

化け物は何かの神通力を持っていたのでしょうか。

 

 

そして思いのもう一つ。

 

今まで物語は多くの男性によって書かれ作られてきました。

女性の姿もまた男性の目から見たものでした。

このアニメ作品の監督は男性なのでアニメ映画にはやはり男性の目線が感じられます。それでも原作にある女性の考え方はもちろん強くあらわされています。

そして原作マンガはより女性の視点であり女性の考え方であります。

 

男性作家はどうしても(特に日本男性は)女主人公に悲劇を望むことが多いのです。

なぜでしょう。これも考えねばなりません。今まで観客の女性たちはどうしても男性の目を通してからヒロインを見るしかありませんでした。

でも女性作家の描くヒロインは自分の幸せを考えています。

映画、となると未だ女性作家であることが少ない現状です。

どんなに思慮深い男性でも女性と同じにヒロインを考えることは難しい。逆もまた同じです。

 

「その1」のおわりに私は実は本作のヒロイン・すずが好きではない、ということを書いたのですが、そんな好きにはなれないヒロインであっても女性らしい生きていこうとする力にはやはり共感します。

幸せに生きていこうとする力です。

ヒロインはまだまだ映画において描かれ尽くしてはいないと思うのです。