ガエル記

散策

『エヴァ』ブノワ・ジャコー

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最近の日本の観客は簡単に答えが見つからない作品を酷く嫌う。以前はまだ難解な映画を有難がる一派もいたのですが1990年頃を境に答えがすぐに見える作品でないと罵声を浴びせるようになってしまいました。

 

この映画作品などはその最たるものかもしれません。見えている事象はさほど難しいことではないのですが登場人物の心理があっさりとはわからない。これを嫌がるのです。

「金を出して観ているのにきちんとサービスを受けられない=なにがなんだかわからない」のは何事だ!というわけです。

しかしまさに現実は、目の前にいる人間はなにを考えているかはわからない、わけです。

いやだからこそ映画くらいは解りやすくして欲しい、ということでしょうか。

 

しかし観るべきはこうした映画ではないかと私は思っています。

少なくとも私にはとても面白い興味深い作品でした。ギャスパー演じる若く美しい青年が「おばあさん」といってもいいような年齢の売春婦にのめりこんでしまう、なんて設定は無理すぎる、という感想が多いのですが「いかにも、当たり前」の若くきれいで善人の男女の恋愛を観ていて面白いのか、と思ってしまう私の方がおかしいというのなら仕方ないのかもしれません。

 

ネタバレしますのでご注意を。

 

 

 

 

主人公の男はハンサムで優し気な性格に思えるのですが実は性根が腐っていて救いのない最低の人間なのです。

この感じは黒沢清が描く一見良い人そうなのに嫌な男に通じるように思えます。

エヴァと名乗る年のいった売春婦もなんとも掴みづらい複雑な造形です。ステレオタイプでないと安心できないみなさんにはこれを観る資格がないということです。

事実いかにもな恋人役の綺麗な婚約者女性はこの(映画)世界から抹殺されてしまいました。

 

青年とエヴァは互いに互いを殺そうとまでしてそれでもそれゆえに認め合い別れ難い関係になっています。

奇妙なラストではありますが二人の関係はこれからも続いていくのです。

 

主人公はもともと老人男性の相手をしていて(明らかに性的な)ハプニングで彼の書いていた戯曲を盗んで自分の作品にしてしまう、という人間です。

なので年を取った売春婦にのめりこむのも別に不思議ではありません。

老人と関係を持って何かのおこぼれをもらおうとする人格なのでしょう。エヴァとの場合は彼女とのやりとりを作品にしようとしてうまくいかないのですが。

 

殺人は最初はハプニングだったのが次は自ら手を下そうとしてしまいます。ありがちなことです。そして金づるに思えた婚約者は事故死してしまい彼は途方にくれますがあのままだったほうがどうなるのか怖ろしいように思えます。

そうした経過もありきたりではなく構成されていくので謎めいて見えるのですが案外現実にこういう事例があるのではないでしょうか。